永平寺にて人生を
20代半ば、京都奈良にはまった僕は、そのままの流れで全国の寺社仏閣巡りも楽しんだ
必然的に、仏教や神道、日本伝統文化といったものにふれ、自分なりに学んだ
正しいお参りの仕方なんてしらなくても楽しめるけれど、神社ではピッと背筋を伸ばして二礼二拍手一礼したり、手水で清めたり、お寺さんでは合掌して頭を垂れたり、お経を唱えたり、なんだかそんな「まねごと」が面白く、また気が引き締まり、日常とは違う状況を演出することが、楽しかった
信仰心はまったくないので、まねごとでしかないけれど
お寺さんにはいろいろな宗派があって、観光目的であれば宗派によって見所が変わる
いわゆる「禅」の宗派は三つあるけれど(日本伝統仏教十三宗のうち)、黄檗宗はちょっと毛色が違うので、臨済宗と曹洞宗が「禅」宗となる
「臨済宗」は日本伝統文化と深く関わっていて、茶道、華道、書画、枯山水庭園、建築ほか、その精神性や美意識は、イコール日本文化といっても過言ではない
京都観光で訪れる多くのお寺さんは臨済宗で、一休さんとか禅問答も臨済宗だ
それだけ多くの影響を与えたということは、裏を返せば、それだけ時の権力者や伝統芸能の有力者と深く深く結びついていたということ
「曹洞宗」はまったく逆で、権力や政治との関わりを避け、山奥へとうつった
「とにかくひたすら坐(すわ)れ」という教義のとおり、臨済宗のような目を引く庭園は造らないし、「観光」という意味では素人目にはあまり面白くないかもしれない
でも、いわゆる「出家」「修行」といった言葉が一番似合うのが曹洞宗
もし自分が出家するなら曹洞宗一択かな
20代をフリーターとしてプラプラ過ごしてきた僕も30を過ぎて、正社員になろうとか、遅ればせながら将来に悩んでいた
駄目な自分も嫌すぎて自分を変えたいけどできなくて、軍隊みたいなところに自分をぶちこめば変われるかななんて思ったり
出家するのもありかも、なんて思ったりもしたけど、日本の坊さんでは出家って言っても大して一般社会と変わらない
かといってタイやミャンマーに行く行動力も覚悟もない
そんなとき、永平寺の参禅体験を思い出した
永平寺には20代のころに2度、ひとり旅の観光と、友人の結婚式で福井に行ったついでにお邪魔したことがあった
日本仏教のなかでも、修行という意味ではもっとも適しているのが曹洞宗で、行くならその大本山の永平寺
今でも、多くの修行僧を受け入れている
ちょうどいいことに、永平寺さんは3泊4日の参禅体験を毎月おこなっていて、それにいってみることにした
応募する前に、信仰心がないということも正直に相談したけれど、なんの問題もなく受け入れてくれた
どうせやるなら最も厳しい真冬に行こうと、1月の予約を取ることができた
東京から永平寺までどうやって行ったのか覚えていない
帰りは確か名古屋までバスだったような
永平寺への山を登って、門前にあるうどん屋さんで腹ごしらえ
当時魚も食べないベジタリアンだった僕は「あなた食べるものないじゃない」っておばちゃんに言われた
お寺さんの前なのに。。
参禅体験中の食事は精進料理だから、勝手にベジタリアン対応なのは確認済みだった
入山すると、他の参加者さんも数人いた
全部で十数人だったかな
女性は入山してすぐメイクを全部落とす
同部屋となる人は同年代のおにいさんふたりと、中学生の少年がいたけど、例のごとく人を覚えない僕は、ほかにどんな人がいたのかまったく覚えていない
ここでは、食事もトイレも入浴も睡眠もすべてが修行
足元はスリッパだけど音を立てて歩くのはだめ
食事は黙ってみんなと一緒に食べて一緒に食べ終わる
トイレは入る前に上にいらっしゃる烏枢沙摩明王に合掌してから
入浴はまったく覚えていないな
あとはひたすら坐禅
僕たちは違うけど、修行僧・雲水さんたちはまさに「起きて半畳、寝て一畳」
それぞれ1畳分のスペースが割り当てられ、そこに布団を敷いて寝る
起きると布団を片付けて、そこで坐禅
食事もそこで坐禅をしながらいただく
食事は応量器と呼ばれるマトリョーシカみたいな入れ子になった器を使う
大きな器におかゆ、次に大きな器に味噌汁、とそれぞれの器に役割が決まっている
坐禅のときに敷く丸いクッションの坐蒲(ざふ)と、この応量器が雲水さんの必須アイテム
応量器の使い方を教わる
マトリョーシカを展開するときには、左右の指を器にひっかけて、摩擦で支えて持ち上げる
失敗すると、落ちてかちゃんと音が鳴る
何をやるにも音を出してはいけないので、緊張の瞬間
乾燥肌の僕はうまくできず、何度も音を出してしまった
食事も坐禅をしているところでいただく
応量器を広げて待っていると、担当の雲水さんが配膳に回ってくる
分量は自分で決められて、さじをもった右手をちょいと上げるまでよそってくれる
その合図をするとストップ
食事を作っているのも雲水さん
沢庵を作っているのも雲水さん
この時食べた沢庵は
最高に美味しかった
2日目、早朝
振鈴(しんれい)担当の雲水さんが寺中を走り回る
文字通り鈴をリンリン鳴らしながら広いお寺の中を駆け回り時を知らせる
お寺さんでは鈴や鐘や木の板を叩く音で時間を知らせる
僕たち参禅者も全山のお坊さんたちが集う講堂へ
朝のお勤めに参加する
雲水さんを含めたお坊さんたちは200名くらい
まだ暗い講堂
真冬の刺すような寒さの中
200名によるお経の大合唱がはじまる
鳥肌がたつ
永平寺だし参禅体験なので、メインは当然坐禅
丸い使い込まれた坐蒲を借りて、あてがわれた1畳分のスペースで壁に向かい坐禅をおこなう
結跏趺坐(両足ともに反対側の腿にのせる)は辛すぎるので半跏趺坐(片足だけ)
それでもしびれて痛くてばれないように足を組み替える
同室のお兄さんは参加二回目で、「今回は全部結跏趺坐でやる」と意気込んでいて
真っ青なアザを作りながら本当にやりきっていた
すごい
坐禅は1柱が基本
線香一本が燃え尽きる時間約40分が1柱
雲水さんが鐘をチーンと鳴らすと終了
歩く坐禅経行(きんひん)を10分くらい
そしてまた坐禅
この40分の時間感覚が、まるでわからない
何回目かになると、「(もう終わってるよね?)」「(雲水さん忘れてない?寝てる?)」と疑ってしまうくらい、時間が進むのが遅かったりする
逆に「もう終わり?」ってくらい速い時もある
速いときは、なんだか瞑想が上手くいって、集中?できたとき
足は痛いけど、坐禅は嫌じゃない
あっという間に時間が過ぎる
自由時間に同室の人と話したり、山中をガイドしてもらいながら案内してもらったり、偉いお坊さんの法話を聞いたり
三日目夜の食事はカレーだった
その時々で変わるけど、雲水さんは常時100人から200人くらいいる
普通の会社みたいにそれぞれ役目が割り振られ
食事を作る人とか、事務作業をする人、僕たちの相手をしてくれたのは広報担当の雲水さん
僕が修行にきたら、なんの役を割り振られるだろう
パソコン担当か、飲食経験から食事担当かな
いろいろ知らない世界の話を聞いて体験して、あっという間に下山
女性陣は久しぶりのメイクをして、僕たちは俗世に帰る
せっかくなので、ひとりで金沢城や兼六園を観光して帰宅
バスの中で、1〜2年出家修行するのも悪くないなと思い
年配の雲水さんもいたなと気持ちを後押しされ
でも、収入どうするとか、今後の人生設計とか
結局行動力も決断力もなく、現実に流され今にいたる
出家という選択肢はもうとっくに心の中からも消え失せた
けれど、キリスト教家庭に生まれ、大人になると共に無神論者になり、信仰心がまったくない僕が
もし出家していたらどうなったのだろう
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