僕とWEB制作というお仕事の縁

僕はWEB制作を職業にしている
この仕事をしよう!って考えた事なんていちどもなく
ただ流れに流されていたら、気づいたらここにいた

はじめてまともにパソコンに触ったのは26歳のとき
子どものとき、4コ上の兄がMX-10というカシオの安い小さいパソコンをもっていて、本当にはじめて触ったのはそのとき
でも黒い画面とかわけわからなくて、ちょっとゲームをしたくらい


26歳、とあるバイトをすることになって、そこで触ったのがWindows XP
簡単な事務作業とかをやった
そのバイトをやめて失業保険を受給
駄目人間だった僕はお手当の延長と次のステップのために職業訓練をすることにして
ブルーカラーのフリーターばかりやっていた僕にとって、冷房の効いた部屋で一番楽そうな「WEBマスター科」を選んだ
別にWEBに興味はなかったけど、それから20年以上携わることになるとは

3ヶ月の座学と3ヶ月のOJT
座学はなんというか、適性があったのか簡単だった
いくつか資格をとるタイミングがあって、マイクロソフトオフィススペシャリストは1000点満点
誰でも取れるでしょと思ったら「駄目だった」と言ってる人もいて、簡単だったと思った気持ちはそっと心の中にしまった
WEBデザイン、イラスト、Flash(懐かしい)、HTML/CSS、なんか全部簡単だった
といってもはじめての人向けの3ヶ月のカリキュラムなんだからはじめの一歩しかやらないし当たり前だけど
京都にはまっていた当時、自由制作で作ったホームページは京都観光案内だった
あのデータはどこかに消えた

OJTは実際のWEB制作会社でインターンとして働く
OJT先企業にとっては人員も確保できて助成金ももらえる
僕が割り当てられたOJT先は、南新宿の普通の古いマンションの一室
社長と社員2名の超零細企業
あまり身になる3ヶ月ではなかったけど、社会経験としてはとてもよかった

そして職業訓練を終えた僕は、都内でタクシーの運ちゃんになった


数年後、31歳になった僕は、元バンド関係の知人に誘われて上京した
杉並にオフィスを構えて新たな事業をはじめる会社のバイトとして
バイトだけど事務作業・ホームページの保守管理などなど
でも営業内容が嫌すぎて半年くらいでやめた

途中居酒屋バイトやカフェバイトをはさみ、次は渋谷にあるコンテンツ運営会社でバイト
ガラケー全盛期にあふれた占いゲーム等のさまざまなコンテンツを運営していた
僕はコンテンツ管理をしながら、Photoshopで画像を作ったり簡単なHTMLを更新したり
そこで、関連会社の美容室・ネイルサロンのホームページ作成を任された
ディレクション・デザイン・コーディング、全部僕ひとりに丸投げ
出来る人はほかにいないから、全部自分で調べて独学でがんばる
これがなかなか楽しかったしいい経験で、JavaScriptを扱えるようになったのはこの時頑張ったから


33歳、ずっとフリーターとしてぷらぷら生きてきた僕も、将来を真面目に考えた
正社員にならねば!という強迫観念からいくつか求人誌で探すもなかなか合わず
笹塚にある制作会社は3日でやめて、結局ハロワへ

HTMLコーダーとして虎ノ門にあるWEB制作会社で正社員として働くことに
月給固定で額面25
残業休日出勤は当然サービス
時給換算はしちゃいけない
ここでも自分よりコーディングやフロントエンドについて出来る人はいなくてほぼ独学のまま
会社の空気と自分を合わせることもできなかった
ある日、僕の誕生日だったかなんだったのか理由は忘れたけれど、皆の前で社長からブランドもののネクタイをいただいた
社長「そのネクタイに見合うスーツを着れるようにならないとな」
僕「ここの給料じゃ無理ですね」
社長・社員一同「・・・・」

僕は辞めることを決意した
数年後、銀座のテーラーで作ったオーダースーツはいまも愛用している


正社員になりたい気持ちは消え失せ派遣登録
すぐに派遣先が決まり確か時給1,600円
専門職としては安いけど残業代も休日手当も全部でる!
総支給額は大して変わらないけど労働時間は半分くらいになった
旅券や航空券をオンラインで販売する会社のホームページの運営というお仕事
ちょうどスマホが普及し始めたころでスマホサイトを作るプロジェクト
ここにも自分よりこの職ができる人はいなく、ほぼ独学で調べながら頑張った
4ヶ月くらいで正社員にならないかととてもありがたいお声がけいただいたけど、転々と職を変えていく自分に務まるわけもないと自覚もあり辞退
契約社員として直接雇用していただいた
結局1年半くらいで辞めたけど(通算2年弱!僕としてかなり長かった)
ゆるい上司といいスタッフのいい職場だった
ゆるい上司「まだ派遣会社への身請け金払い終わってないのに・・」
本当に申し訳ないと思った


次は派遣じゃなくフリーランスのエージェント契約
ここから長くお世話になる老舗デザイン会社さんに8ヶ月弱常駐でお仕事
ここで初めて自分よりこの職業の仕事をとってもできる人とお仕事をしていろいろと勉強になった

それからお仕事をいただいて自宅でお仕事がメイン
たまに企業さんに常駐
ずっとWEBのお仕事で食べさせてもらってる


職業訓練で学んでから22年
専門職としてからは16年くらい


高卒ブルーカラーのフリーターだった僕が
名刺交換とかビジネスマナーも何も知らず本買って勉強して
早稲田卒だとかの高学歴の人や一流企業の人と一緒に働いたり
大手広告代理店出身の陽キャを煮詰めたような人とチームを組んだり
ぼーっと流されていたら、ずいぶんと遠く、見たこともない変なところまで流されていた

こんな仕事をしていてもデジタルよりもアナログ派で
仕事と関係ないデジタルな世界のことは全然わからなくて
本は紙がよくて
電子機器とかネットとかなんも無い時代に戻りたいって本気で思ったりもして

外で働いてる職人さんをみると羨ましくて
ブルーカラーに戻りたいって何度も思ったけど
この年でこんなに稼げて楽な仕事ないなって
楽な方へ楽な方へ逃げてたのにこの仕事で生きてこれた

この仕事は常に勉強を続けないと置いて行かれてしまう
プログラミングとか新しい技術とかを学ぶのは
好きじゃないけど苦手じゃない

WEBのお仕事は大きく分類すると広告業で
特に大手のクライアントさんが多かったこともあり「金を持ってる人がさらに稼ぐお手伝い」という感覚が強く、やりがいを感じられないことも多かった
今はアクセシビリティという、障害あっても問題なく情報をゲットできる対応の勉強をして少し折り合いをつけているのかも

高卒なのにエンジニアとかプログラマとか言われるのにもコンプレックスがあった
根がくそ真面目で責任感が強く、仕事に穴を開けたことは一度もないし
求められるクオリティ以上の仕事をしてきたと思っている
だからそれなりにお仕事を頂けたのかもしれない
その裏返しで、メンタルがよわよわで、同じ職場や同じ人たちと長く仕事をすることが辛いこともあったから、職を転々として、安定しない
そんな僕には、フリーランスという働き方はとっても合っていた

ただ流されてただけなのに
こんな僕でもそれなりにお仕事いただいて稼がせていただいて
ただただラッキーな前半生のお仕事歴
まだ10年以上はあるお仕事人生、AIや老化という大きな波に流されて、どこにいくのだろう

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