不良少年 高校時代編
3日漬けで受験勉強を終えた僕は、高校生になった。
勉強を頑張らないで行けそうなところ。
家の近くで、できれば電車をつかわないで行けるところ。
これだけの条件で、選んだ高校に通うことになった。
自宅から徒歩15分。
成績は良くも悪くもなく、特に秀でた特徴も悪い噂もない、ごくごく平凡な県立高校。
思春期の少年少女にとって、環境や付き合う相手の影響というのは本当に大きいもので、僕もご多分に漏れなかった。
高校は、ごくごく普通で不良少年もいない。
だけれども、中学で仲良くなったフトシ君は、隣の極悪中学に友達が多かった。
高校でたまたま仲良くなった料理人君も、本人は不良ではないけど、極悪中学出身だった。
彼らと遊ぶうちに、僕の校外時間は、不良少年たちと一緒にいることが多くなった。
そして僕は、高校デビューをすることになる。
極悪中学の1軍ヤンキー少年たちは、進学せず働きはじめる。
僕がよくつるんでいた人たちは2軍少年たちだったけど、彼らの中でも専門学校に進学したのが1人だけ。高校に行ったのは1人もいなく、グループの中では僕だけだった。
他の人は、多くは家業を継ぐために働いていた。
大工のせがれ、造園屋のせがれ、タイル屋、左官屋、そしてヤクザのせがれ。
家業がそうじゃない人は、とび職とか、現場系の仕事をはじめていた。
彼らとつるんでいるうちに、だんだんと感覚が麻痺してくる。
悪いことを、悪いと思わないように、感じないようになってくる。
夜な夜なうるさいバイクで徘徊したり。
それでも僕は、犯罪は犯さなかった。
一度の例外を除いて。
不良少年の高校時代編は、エピソードが多くて、とても一話では書き切れない。
だから、ここでは概要だけを述べよう。
僕が客観的にみて「不良」に見えたのは、おそらく15歳から17歳がピーク。
その後も決して真面目には見えなかったと思うけど。
でも、基本的に中身は変わらず、コミュ障で、引っ込み思案で、人見知り。
中身がそんなでも、悪いことを見聞きすることが日常になってくると、目つきが悪くなってきた。
態度も悪くなってきた。
このときすでに、身長180cm超え。
横幅はないけれど、真面目な服装でもない、目つきの悪い大きな少年は、客観的に怖くみえる。
友達には、ふざけて「顔面凶器」と呼ばれた。
他の不良にも絡まれたことは一度も無い。
そんな僕がごく普通の高校に通う。
浮いていた。
でも中身は陰キャのまま。
3年生になって仲良くなったクラスメイトに、「この人とは1年間しゃべることはないんだろうなーって思った」と言われたこともあった。
当時、ちょっとイキった少年たちには、ジャンルがあった。
①トラディショナルな正統派ヤンキー。
パンチパーマでニッカボッカ。暴走族をやって、将来はヤクザか右翼団体。
②チーマー、渋谷系
肌黒でシルバーアクセサリーをジャラジャラつけてる。
③丘サーファー系
埼玉だったのでサーファーはいない。
それなのにムラサキスポーツとかでサーフブランドが人気で、だぼっとした服装。
④スケーター系
文字通りのスケーター。今と変わらない。
⑤ガテン系
不良じゃないんだけど粗野な言動で怖い。昼はガテン系で夜はヤンキー、とかも普通にいる。
それぞれどっぷりじゃなく、マイルドなヤンキーとか、マイルドなチーマー系とかもいる。
一番怖いのはやっぱり①のヤンキー。
でも、わかりにくいことに、暴走族なのに②のチーマー系や、③の丘サーファー系に転職した人とかもいて、①〜③はみんな怖い。
僕は、どれでもなかった。
なんか、どれもかっこいいと思わなかった。
茶髪にしたり、金髪にしたりもしたけれど。
17歳になるとアメリカンバイクに乗り始めたから、アメリカン系かな?
ブーツカットのジーンズにウエスタンブーツとか。
当時は黒いエンジニアブーツや皮のライダースジャケットがはやっていて、ウエスタンブーツ履いている人なんて他にいなかった。
制服は僕の代まで学ラン、1個下の代からブレザーだった。
当時のマイルドなヤンキーの中学生や高校生は、ボンタンという太ももだけ太いズボンと、短めの上着。
僕はそれがかっこいいと思えず、最初数ヶ月は下まで全部ぶっといズボン。全然かっこよくないけど当時は……。
その後、ブーツカットのズボン。学ランなのに。
僕がよくつるんでいた奴らは2軍のヤンキーや、マイルドな不良たちだった。
よく遊びに来るパンチパーマの後輩もいた。
多くはヤンキーでもチーマーでもない、茶髪で流行?の格好をしてっていうマイルドな人たち。
地元のヒエラルキーは、もちろんヤクザがトップ。
ヤクザ・右翼団体 > 暴走族・暴走族転職組チーマー系 > その他不良
つるんでいた奴の中で、しばらくあいつみないなーってなると、大体なんかやらかしてヤクザに目を付けられていて、ほとぼりがさめるまで田舎に引っ込んだりしていた。
よく不良は人情に厚いとか、仲間思いとか、そんな話を聞くけれど、少なくとも僕がつるんでいた奴らはそうじゃなかった。
つるんでいた奴らのなかでもヒエラルキーがあって、トップのやつの言うことは聞かないといけない。数人でたむろしていてそいつが帰ると、そいつへの愚痴や悪口が始まる。
10人くらい不良がいると、中に1人だけ本物がいる。
当時の僕は「人の目を傘で突ける奴」という表現をしていたけれど、ネジが一本外れているというか、どこかおかしい。
人を傷つけることを、なんとも思わない。
僕も友達だと思ってたそいつに、いきなり殴られたことがある。
でもその後も何事もないように普通に接してくる。
おかしい。
簡単に高校時代の不良生活をまとめる。
15歳で悪い奴らと付き合い始め、16歳になって原付免許を取得。
当時、埼玉県では「3無い運動」といって、高校生には「免許を取らせない・乗らない・買わない」というのが当たり前だった。
けど言ってるだけで、法令ではないからなんの意味も無い。
原付スクーターを乗り回し、夜な夜な遊び歩くようになる。
バイトを始めてお金ができるようになると、17歳で二輪の中型免許を取得し、バイクを購入。
一度だけ、暴走族の集団暴走行為と集会に、強制参加させられる。
そしてその頃、僕はとうとう犯罪を犯す。
これは、また別の機会に書こう。
犯罪を犯し捕まった僕は、悪い奴らとの人間関係に嫌気がさしていたのもあり、ヤンキーたちとの付き合いをフェードアウトしていく。
当時も思ったけど、あのとき捕まらなければ、もっと坂を転がり落ちていたと思う。
結局、僕は不良に向いていなかったのだ。
バイクに乗って警察に追われたり、怖い人に追われたりすると、すごく心臓がバクバクして、吐き気がして、生きた心地がしなくなる。
メンタル弱すぎ。
人と目を合わせることもできないし、なにより小心者だから、「ガンをつける」みたいなにらみ合いはしたことがない。
だって、目が合うだけで怖いもの。
暴力もしたことがない。誰かを殴ったことはもちろんないし、殴りたいと思ったこともない。
パンチパーマの後輩は吸っていたけど、僕はシンナーを吸ったことがないし、大麻もやったことがない。薦められても全部断っていた。
1コ上の先輩のアパートに遊びに行ったときは、生まれたばかりの赤ん坊がいる横で、みんな大麻を吸い始めた。
僕はなにか言い訳をして、すぐ帰った。二度と行かなかった。
この人たち、頭おかしい。そう思った。
僕がやったのは、少しのタバコ。たまに買って吸っても1日数本。
高校にもわざわざ抜け出して校外でタバコを吸ったりする人がいたけれど、むしろかっこ悪いと思っていた。
お酒。そもそも飲めないので、試してみたくらい。飲むとすぐ気持ち悪くなる。
暴走行為。これは近隣の皆様に迷惑をかけて申し訳なかった。いわゆる暴走をしたのは1回だけだけど、音がうるさいだけで迷惑。
そして、窃盗。
はじめての窃盗で捕まって、警察から家庭裁判所まで経験。
二度とやらなかった。当たり前だけど。
結局、高校生活編と書きながらも、僕の不良少年生活は高校とはまったく関係なかった。
高校の人たちはいいやつらで、2年・3年の担任の先生はにこやかで大らかで。
僕の高校生活は、実に平和で穏やかだった。
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