人見知りとビリヤード

僕は、まともにスポーツをやったことがない。
子どもの頃から、身体を動かすのが苦手だった。
体育の授業は、大嫌いだった。
特に球技。集団スポーツ。
必ずチームの足を引っ張り、嫌な顔をされる。
無駄に身体が大きいから、スポーツができるように見える。
でも、できない。
落差が激しい。

そんな僕が、唯一まともにやったスポーツがある。
ビリヤードだ。
僕の年代だと、「ビリヤードがスポーツ?」と思ってしまうが、オリンピック種目の候補にもなるスポーツらしい。


たしか、20代前半のころ。
僕が警備のバイトをしていたとき。
警備員の指導員をしていた僕は、半分現場バイト、半分事務所の中の人だったときがある。
そんなとき仲良くなったのが、2歳年上の正社員、Oさんだ。
Oさんが僕のビリヤードの師匠になったので、これからは師匠と呼ぼう。

師匠は、少しふくよかで、ペンギンみたいな印象。
目が細いアーチ型で、いつも笑っている顔をしていた。
愛車はコンバーチブルのユーノスロードスター。
パカパカっと目(ヘッドライト)が開いて、オープンカーにもなる小さな可愛いスポーツカーだ。
師匠は、突然「ピヨピヨ」と小鳥の真似をしだしたり、ちょっと変な人だった。
でも、女好きで、結構モテる。
僕が若いころに出会った女好き遊び人は、なぜか少女マンガに出てくるようなイケメンではなく、かわいい系の人が多かった。


僕が現場ではなく内勤の日、師匠が革製の細長い筒を持っていた。
「それなんですか?」
「えへへー。これー?」
師匠は嬉しそうに筒を開け、中から精巧な細工が施された棒を取り出す。
ビリヤードのキュー(玉を撞く棒)だった。
そこから、僕のビリヤード生活が始まった。
後で聞いたところ、そのキューは100万円近いお値段。
職人さんの手作りで、象牙を使い、螺鈿細工が施された逸品だった。


家からバイクで10分くらい行った郊外に、大きなビリヤード専門店が出来ていた。
警備のバイトは夕方で終わるので、仕事後にはビリヤード。
土日や休みの日には、フリープランというお得な値段でプレーできるので、ほぼ毎日撞いていた。
師匠はもちろん常連だったので、お店で会ったり、一緒に行ったときには教えてもらう。
そして、ついに僕もマイキューをゲットする。
たしか8万円くらい。
ビリヤードにハマった僕だけど、なかなか上達しなかった。


僕がはじめてビリヤードをしたのは、これよりも少し前だった。
当時、兄と2人暮らしをしていた僕は、兄に誘われ、兄の友人と3人で一度だけビリヤードに行ったことがあった。
家の近くに、小さなビリヤード場があったのだ。
兄には「頭いいから上手そうだなー」とか言われたけど、全然だった。
なぜか僕は、少し頭が良いキャラ扱いだった。
将棋とかチェスとか上手そう。
トランプとか得意そう。
実際は真逆。
頭使うゲーム、全然だめ。
今でも妻とオセロをしては、いつも惨敗している。

そして、自分でやってわかったことだけど、ビリヤードに頭の良さは一切関係ない。
どれだけ練習したか、どれだけのシチュエーションを覚えているか。
ビリヤードでする動きなんて、数十センチ棒を突き出すだけ。
でも、そんな動作すら上手にできないのだ。
棒を突き出したときにブレると、玉は狙ったところには行かない。
素人は、たった数十センチ先の狙ったところに手玉を持って行くことすらできない。
頭の中でどう組み立てても、その通りに玉が動かないのだから意味が無い。
だから、真面目にやる人はひたすら練習する。
練習して練習して、思った通りに身体を動かし、狙ったとおりに手玉を動かせるようになってくる。

そして僕は、真面目に練習出来なかった。
いや、真面目に練習しても、思うように身体を動かすことなんて出来なかった。
右手をシュッと動かすだけ。
ぶれないように、力まないように。まっすぐ。
これだけのことが、上手に出来ない。
ビリヤードは、紛れもなくスポーツだった。
字すら思った通りにまっすぐ書けない、ヘロヘロ文字の僕に、身体を動かす技術は難しかった。


上手くなりたいなら、何事も基礎が大事。
ビリヤードは、ただひたすらセンターショット。
テーブルの真ん中に的玉(色つきの玉)を置いて、テーブルの斜め対角線上に手玉(白い玉)を置き、反対側の穴に的玉を落とす。
ただまっすぐ当たれば落ちるのに、なかなかそうもいかない。
この練習もなかなか面白いけど、飽きもくる。
僕は、基本に忠実に上手くなるよりも、引き玉にハマった。
玉の下の方を上手に撞くと、後ろ回転がかかる。
すると、的玉に当たった手玉が、ギュルンと戻ってくる。
これが面白くて、こればかりやっていた。
だから、ゲームは上達しない。

とはいえ、練習を続けていれば、ある程度はゲームがなりたつようになってくる。
ビリヤードは、スポーツだ。
だから、ひとり練習だけではなく、ひとと対戦するものだ。
そう、他人と、関わるのだ!
人見知りの僕は、もちろん嫌だった。
だから、師匠とか、ごく少数の知ってる人としかゲームをしなかった。
だから、上達もしない。


ビリヤードのプレイヤーには、ランク付けがある。
公式なものではなく、自称だけど、アマチュアの試合とかだと、このランクで分けられる。

  • ビギナー
  • C級
  • B級
  • A級

A級は、ほぼプロのハイアマチュア。
C級は、ビギナーに毛が生えた程度から、ある程度できる人。僕は万年C級だ。
B級は、目安としてはマスワリが出来る人。マスワリというのは、9ボールというゲームで、最初のブレイクから最後の9ボールを落とすまで、一度もミスをしないで取り切ること。
マグレや偶然で出来ることではないので、ある程度実力があるという証明になる。

試合だけではなく、はじめてゲームをやる人とも、自己紹介で自分のランクを言う。
すると、ハンデを与えられる。
例えば、B級とC級がゲームをする場合、B級は5ゲーム、C級は3ゲーム、先取した方が勝ち、みたいに。


みんな、ゲームをしたいのだ。
個人練習でひとりで撞いていると、店員さんや、知らない人がよって来たりする。
「よかったら、相撞きしませんか?」
って。
「C級なんすけど。。。」
ってやり取りして、ゲームしたりしなかったり。
で、親切な人だとレクチャーしてくれたりする。
お店によっては専属プロとか、ハイアマチュアのA級の人とかがいて、そういう人が声かけてきたりもする。
人見知りなので、「あ、結構です」すら言えない。
だから、知らないお店に初めて行くときは、マイキューを持って行かない。
マイキューを持っていると、そのお店の人や、常連さんが、横目でチラチラみてくる。
で、「相撞きしませんか」
のほか
「普段どこで撞いてるんですか?」
とか
「今度ハウストーナメントあるんで是非」
とか、気さくに話しかけてくる。

僕はただ、ひとりで黙々と撞いているのが、楽しい。
というか、他のことを考えなくていい。
リラクゼーションなのだ。


僕は当時、試合には一度も出たことがなかった。
真面目にやってる人は、だいたい試合に出る。
ハウストーナメントっていう、そのお店が主催してお店の内輪でやる試合もあれば、どこか大きなところが主催する、大規模な試合もある。
試合にでることで、交流が広がり、仲間が広がり、なにより上達する。

師匠がストリートだったこともあり、僕も師匠から試合に誘われたことはなかった。
当時、試合に出る正統派の人たちとは別に、アングラなビリヤードプレーヤーがいた。
賭け試合までしちゃう人たち。
そういう人たちを、ストリートと呼んでいた。
一度だけ会った師匠の師匠は、いかにもアングラなストリートな人で、葉巻が似合いそうなおじさまだった。
僕は、ただ黙々と無心でひとりで撞いて、たまーに師匠や知り合いとゲームして、それが楽しかった。
そんなビリヤード生活は、たぶん2年くらい続いた。
そして、いつしか行かなくなった。

僕が行かなくなってからしばらくして、妹がビリヤードにハマった。
妹はぐんぐん上手くなり、試合にもでる正統派プレイヤーになった。
一度だけ一緒に撞いたけど、ボコボコにされた。


それから10年以上が経ち、ある企業さんに常駐で仕事をしてたころ、そこのエンジニアさんがビリヤード好きだということが判明した。
「僕も昔ちょっとだけやってたんですよー」って話から遊びに行くことになり、なぜかその関係会社の人たちを巻き込み、再度ビリヤードブームが到来した。
でも昔ほどではなく、ひとりで撞きに行くこともほとんどなく、月1くらいでみなさんとゲーム。
そして、試合に出ようということになった。
僕は初めてビリヤードの試合に出た。
チーム戦で、代わりばんこに撞く。
そして、僕のミスで試合に負ける。
やっぱり、集団スポーツは嫌だ。
ひとりで黙々と撞くか、知ってる人と遊びでゲームだけでいいや。


思い起こすと、ビリヤードを初めて見たのは、高校生の時だった。
バイトをしていたラーメン屋のすぐ近くに、住宅街なのに一軒だけ、山小屋のロッジのような、古びたおしゃれな建物があった。
そこが、小さなビリヤード場で、僕はたまにそこに出前を届けに行っていた。
そこは、中も山小屋みたいで、だるまストーブの上のやかんが蒸気を吹き上げ、タバコの煙が漂っていた。
そして、おじいさん達が世間話をしながら玉を撞いている。
彼らの世代は、穴があるポケットビリヤードではなく、穴がないキャロムというビリヤードが主流だった。
玉を3回クッションに当ててから的玉に当てるという、曲芸のような、それなりの腕が無いと楽しめないゲーム。
おじいさん達は、気負わず何気にちょんと玉を撞くだけで、精密機械のような正確なショットをおこなう。
自分がビリヤードをはじめてから、再度あのお店に行ったとき、おじいさん達の超絶スキルがよくわかった。
そして何よりも、みんな楽しそうに遊んでいた。
ビリヤードは、生涯楽しめるスポーツなのだ。

そして、あの山小屋のようなお店は、いつの間にかなくなっていた。 




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