コミュ障は、仮面を被り、仕事する
僕は、人見知りでコミュ障だ。
もうこれは、どうしようもない。
どうにかしないと、という思いも、いつしか消えた。
小さな子どものころから、誰かの影に隠れていた。
身長だけ高くて、ぬぼーっと突っ立ている。
某国民的アニメのとある準レギュラーキャラをみたとき、「僕だ」と思った。
鼻水は垂れてなかったはずだけど。
加えて、他人に興味がない。
クラスメイトもほとんど覚えていない。というよりも、認識していないから、覚える以前に、知らないのだ。
中学生くらいまでは、それでもよかった。
知らない人に話しかけられても、「あっ、あの……」と言っていれば勝手に去って行く。
高校生くらいから、友達と遊んでいるとその友達が来たりして、交流が激増した。
でも、ちょっとやさぐれた、目つきの悪い、でかい人だった僕は、ちょこんと頭を下げるだけでよかった。
「あなたのことは認識していますよー。でも、ほら、見たとおり僕は『どうもー!』とかやらないクールガイだからね?わかるよね?」
と心の中で言ってはいなかったけど、そんな感じでOKだった。
ちょっと不良っぽいというのは、コミュ障にとってはとっても楽だった。
バイト先とかでも「あ、どうも・・」と小さい声でつぶやくだけでOK。
あいつは見た目のとおりそういうキャラだから、で済んでしまう。
さらに、ちょっと不良になることで、「話しかけるなオーラ」を身につけることができた。
僕の周囲には、目に見えない壁ができるのだ。
「オーラ」「バリアー」「ATフィールド」
常人にはなかなか突破できない、不可視の壁を手に入れた。
そんな僕も社会にでて働き始めると、そうもいかなくなる。
僕はいつしか、ちゃんと仮面をかぶれるようになった。
いつからだろうか。
「お客さん」とは、ある程度普通にコミュニケーションは取れていた。つもり。
だって、雑談しなくていいから。
バイク屋をやってたときは、お客さんと話す内容は、どこが悪いとか、どこの部品を交換しますとか、実務の話だけ。
「整備士」と「客」という、役割がはっきりしているから、その役割を演じればいいだけ。
そこに僕という個人はいない。
だから、できた。
飲食業もそう。
特に厨房は、お客さんと接しない分、楽だった。
ガードマンのバイトでは、僕は教官になった。
警備員は、たしか20時間以上の研修をしないと現場に立てない。
ので、アルバイトに初めてきた人には、座学と実地の研修をする。
で、僕は資格を取って、その研修で教える教官になった。
自分もバイトなのに。
日給が上がるし現場より楽だから。
警備会社には毎日のように新人さんがやってきて、僕はたくさんの初対面の人と話す人になった。
でも、問題なくできた(はず)。
やっぱり、役割がはっきりしていたから。
その後、WEBの仕事ではプロジェクト毎に「はじめまして」があるけれど、やっぱり役割がはっきりしていると、無難にこなせるのだ。
僕は人見知りだけど、仕事ではちゃんとできたのだ!(たぶん)
でも、克服できない問題点が、ふたつあった。
ひとつ目。
最初はいいけど、ダメになる。
これ、わかる人いるだろうか。
バイトとか仕事を始めて、すぐに仲良くなる人がいる。
いいひとだなーとか思って。
何ヶ月かして慣れてくると、駄目になる。
最初は仮面を被れている。
でも、長くいると、脱げてきちゃう。
なんか、その人を受け付けなくなる。
器用に仮面を被れない僕は、手のひらを返したようにその人への態度も悪くなる。
相手の人は別に全然悪くないのに。
どこが嫌とか別になく、理由は言葉にできないんだけど、駄目になっちゃう。
自分でも自分が嫌になるけど、上手く出来ない。
だいたい、しばらくすると僕が辞めた。
ふたつ目。
あくまでも、仕事の付き合いだからOK。
短い付き合いだから、できる。
僕は長くひとところで仕事を続けたことがない。
バイトなら嫌になったら辞める。
フリーランスになってからは、プロジェクト単位だから数ヶ月だし、嫌なら次の仕事断ればいいだけ。
「はじめまして」の前から、短い付き合いであることが前提であれば、上手く出来た(はず)。
「長い付き合い」、になると、なんでか駄目になる。
「仕事」だけならいいけど「プライベート」も関わってくるようだと、もう駄目。
逃げ出したくなる。
とあるプロジェクトで、とても仲良くなった人がいる。
僕としてはかなり珍しく、お昼ご飯を二人で一緒に食べる仲。
しかもほぼ毎日!
ある日僕は、家の最寄り駅だった初台駅の構内にいた。
人見知り人間の鋭敏なセンサーは、遠くにいる知人をいち早く見つけることができる。
僕もそのとき、その人を見つけた。
普段はまわりの人なんてまったく見ていないのに、なぜか分かるのだ。
おそらくオペラシティの催しに来たのだろう。
奥さんと一緒だ。
奥さんにもご挨拶したことがあるし、ご自宅に行ったことまである。
それでも、僕は瞬きほどの躊躇もせず、逃げ出した。
物陰からそれとなく確認、よし、気づかれていない。
気づかれてしまっては、その場はよくても次合うときにその話になってしまう。
絶対に気づかれてはいけない。
外でいきなり会うとか、無理!
僕は、仮面を被っていないのだから。
お昼休みでも駄目。
違う職場のときの話。
お昼を食べに外に出る。
もちろんひとりだ。
プラプラ歩いていると、道の先の方に同じプロジェクトの仲間が。
僕の鋭敏なセンサーは、だいたい先に敵をみつけることができる。
すぐに引き返し裏道へ。
ここでも、万が一気づかれていたときのため、偶然を装い裏道へ行くのだ。
「逃げたのでは無く、たまたまあっち行くところだったんですよー」と心の中でつぶやいて。
もし「なんで逃げたの?」なんて言われたら、明日には辞めなければならない。
そんな事がよくあり、会社近くの裏道には異様に詳しくなった。
外であう知人は、みんな敵だ。
僕は、仮面を被っていないのだから。
近年、自分は他人に興味がないということを、つくづく思い知った出来事がある。
通信制大学の卒業懇親会。
妻に行きな行きなといわれ参加。
まだ、自分を過信していた。
壊滅的なコミュ障だったのを、過小評価していた。
あるいは、数年の引きこもり生活で、さらに悪化していたか。
指導教授にご挨拶に行くも、挨拶以外になにを話していいのかわからず、挙動不審になり即退散。
下戸なので、お酒は飲めない。
立食形式でも、食べ物は肉ばかり。
ベジタリアンの僕は、食べるものがない。
つまり、場を持たせることができない。
先生方の祝辞を聞き終わると、誰よりも早く会場を後にした。
沈黙を続けるスマホを耳に当て、「あ、電話来たから、一旦会場出ますね」と心の中で演技して。
受付の方々が、変な目で見ていた気がする。
そして、後で気づいた。
誰かと話そうとか、懇親会なのに懇親しようとは、露ほども思わなかった。
それどころか、どんな人がいたのかも、なにも覚えていない。
というか、見てもいないし、気にもしていない。
普通もっとあるだろ!
いい歳して、頑張って通信で卒業した仲間たちだぞ。
どんな人がいるかな、とか。
どんな卒論書いたのかな、とか。
僕は、なんにも思わなかった。
こんなにまで他人に興味がない自分に驚愕するとともに、
名探偵には絶対なれないな、と思った。
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