未知との遭遇 東のひとと西のひと

26歳の頃、僕は京都・奈良にはまった。
それまでは、中学の修学旅行で行ったくらいで、関西にも西日本にも行ったことがなかった。
西のひとの世界で、僕はいくつかのカルチャーショックを受けることになった。


まずは、秀吉だ。
豊臣秀吉。
はじめて大阪に行った僕は、そこここに秀吉や秀吉のシンボルでもある瓢箪があって、とても驚いたことを覚えている。
信長は別格として、僕たち東の人にとって、戦国の英雄は徳川家康だ。
意識したことはなかったけど、たぶん、自然と、そういう空気があった。
「三つ葉葵の御紋」も見慣れていて、もう当たり前の風景。
でも西に行ったら、そのポジションが「秀吉」と「ひょうたん」だったのだ。
秀吉といえば、僕には「サル」「草履を懐にいれるやつ」「金ピカの茶室」というイメージしかなかった。
でも西のひとには、秀吉が普通にリスペクトされていた。
東のひとの僕には、この感覚が新鮮だった。
あのサルが出世したもんだ、となぜか少し信長の気分になった。
西のひとにとっては、家康もただのタヌキだろうし。

別に家康リスペクトな教育をされた覚えはないし、そんな戦国好きな大人との付き合いもいっさい覚えていない。
なのに、関東で育ったというだけで、自覚もなく、なぜか家康派閥に育っていた。
なんなんだろう。
東の家康への親近感、西の秀吉への親近感。
その土地に根付いた文化とか、そういったものを、知らないうちに吸収し、その土地の人になっていたのか。
きっと国民性とか県民性とか、そういったものも、知らず知らずのうちに育つのだろう。
なぜなら僕の親は、母親は北海道出身だし、父親はほとんど覚えていないけど滋賀出身。ほか親戚付き合いも一切ないから、親からの教育とか影響では絶対ない。
社会学というか心理学というか、そういったものでは研究もされているんだろうけど、文化の継承について実地で体験できたのだった。


次のカルチャーショックについて話そう。
あるとき僕は、京都の市バスの中にいた。
どこに向かっていたのかは覚えていないけど、乗客は少しで、座ってる人が数組。
僕はつり革に掴まって、ガタガタと揺られながら窓の外を眺めていた。

「なんでやねん!」

僕は思わず振り向き……そうになるのを必死に我慢した。
コミュ障がとっさの行動を取るパターンは限られる。
今じゃない。
僕は驚いても反応しないことに定評があるのだから。
でも確かに聞こえた。
たぶん幼い男の子の声だ。
そーっと後ろをのぞき見ると、おそらく親子であろう。
小学校低学年くらいの男の子と、お父さんらしき男性が、楽しそうにお話をしている。
ぜったいあの子だ。
「なんでやねん」って言った。間違いない。
初めて「生なんでやねん」を聞いた僕の頭の中は、急に団体客が来店した厨房のように、処理が追いつかずに次から次へとオーダーが貯まっていくような状況となった。

「なんでやねんって、実在した!?」
「あれは伝説じゃなかったのか!?」
「テレビの中の、さらにごく少数の、大阪系のお笑い芸人特有の言葉ではなかったのか!?」

京ことば、というか舞妓・芸妓ことばの「ありがとうさんどす」の「どす」。
花魁ことばの「〜でありんす」。
それと同列じゃなかったのか。

「なんでやねん!アハハー!」

また言ったー!

もう我慢できない!僕は、うしろをチラチラのぞき見る不審者になった。
もうこれは間違いない。
「なんでやねん」は伝説でも、歴史の彼方に霞んでいったわけでもなく、実在していたのだ。
この親子が京都のひとなのか、大阪のひとなのか、それはわからない。
でもこれはもう、認めるしかない。

その後、京都奈良通いを続けるうちに、なんども「生なんでやねん」に遭遇することになる。
でもあのときは、東と西の邂逅、まさに未知との遭遇であった。


同じようなことばに「おおきに」がある。
東のひとのイメージでは、すこし頭が薄くて恰幅がいいおじさんが、手をすり合わせモミモミしながら「おおきに〜」と言っているイメージが強い。そんな言葉だ。
なにわのあきんどだ。
「なんでやねん」ほどのインパクトはなかったけれど、「おおきに」もまた未知との遭遇であった。
でも、なんかいい。
柔らかい。
「ありがとうございます」は、なんか固い。
「ありがとう」は丁寧・綺麗、でもちょっとだけ、言葉に出すハードルがある。敷居程度の小さなものだけど。
「おおきに」は柔らかい。気軽。するっと出てくる。いいね!

僕は「おおきに」がおおいにきにいった。


西は「おおきに」に溢れていた。
コンビニでも、サービスエリアでも、どこでも言う。
車で京都に行って、途中コンビニとかに寄ると、僕は少しだけ期待する。
レジに行くとき「言うかなー♪言うかなー♪」と、ぶすっとした顔のまま、心の中では少しわくわくしている。
「どうも、おおきにー。」
言ったー!
僕はちょこんと頭を下げて出て行く。
個人店とかになると、
「あぁ、どうも、おおきに。ありがとさんでしたー。」
リズム感!
いい。とてもいい。
「ありがとさん”どしたー”」じゃないのはちょっと残念。
でもいい。


同じようなちょうどいい位置にある言葉が「はる」。
「言わはる」
「してはる」
これも、とっても便利。
敬語だと少し重い。でもちょっと丁寧というか、切り捨てていないニュアンス。
最後に「はる」を付けるだけで、なんだか柔らかくなって、壁が少し消える。距離が少し近くなる。
京都で少し話すようになった人に、「“はる”は敬語じゃないの?」と聞いたら、敬語だという意識はないらしい。
「あのワンちゃんええもん着てはるなぁ」
「雨さん降ってきはったで」
敬語かと思ってたけど、何に付けてもいいみたいだ。


どちらもとても便利な良い言葉。
使うだけで、ちょっと「はんなり」する。
京都通いをしていたときは、住んだこともないくせに、自然と口からついて出てきた。
東京弁にも標準語にも導入すればいいのに。



次はいわゆる大阪弁。
これはもう、なんというか、怖かった。
大阪の繁華街で信号待ちしていたとき、他に信号待ちしている人が大勢いて、普通にお話をしている人たちもいた。
聞こえてくる普通の会話が、なんだか強いのだ。
圧が強い、というか。
まず速い!
リズムが速く、ガンガンしゃべる。
そして一語一語がなんだか強い。
「なんやねん」「〜やんけ」

「なんやねん!」「〜やんけ!」
と最後に「!」が付いてる感じ。

別に怒っているわけでも、圧をかけようとしているわけでもないのは知っているけど、正直ちょっと怖い。
大阪弁というか大阪の人は、裏表はなさそうだし、京都のはんなりとした雰囲気とは対照的だった。


「東のひと」とは違う文化で育った「西のひと」たち。
そんなことを意識したことはなかったけれど、やっぱり育った土地と文化は、僕たちに大きな影響を与えている、と深く感じ入った経験であった。
やわらかいはんなりしたことばも、勢いのあることばも、東のやたら丁寧な四角い言葉とちごて、なんかええなぁ。
そういえば妻も、幼少期は西のひとやった。

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