心の中で、言い訳を
僕はいつも、心の中で言い訳をしている。
自分から自分への言い訳を。
自分の行動の正当化を、心の中で自分にするのだ。
僕は、甘いものが好きだ。
僕の見た目は、身長182cmの痩せ型で、ひげ面で、変な髪型で、まともな仕事をやっているようには見えない。
バーボンをクイっとやっていそうな、こだわりの焼酎や日本酒をちびちびとやって、あたりめをしゃぶっていそうな、誰がどうみても、甘いものなんてノーセンキューにみえる。
そんな僕がだ。
「ギャップ萌え狙ってんの?」とか思われそうだけど、素なのだ。
お酒だって飲めないし、しょうがないじゃないか。
甘いものを買うときが、僕の心の中の舞台だ。
独身時代、まだ無人レジなどというものはなく、このひげ面のでかいおじさんが甘いものを買うというのは、必ずレジ係さんの目と手を通さなければならない。
そんなとき、心の中でレジ係さんと会話するのだ。
「あ、これね、娘のなんですよ。いやー、甘いものが好きでね。」
こんな感じだ。
もちろん口には出さない。
相手には聞こえていない。
僕の心の中なのだから。
なんのためにこれをやるのか。
ひと目が気になる自分が気になるのだ。
結婚後は、もっとひどい。
わざと、左手薬指を見えるようにアピールする。
「あ、僕のじゃないのわかるよね。娘のなんですよ。いや、百歩譲って妻のなんですね。僕のなわけないよね。」
挙動不審だ。
もし僕がコミュ障ではなく、刑事コロンボのような社交的な人間だったら、実際に口に出していただろう。
「これね、カミさんが買ってきてくれって、うるさくてね」って。
聞かれてもいないのに、レジ係さんに話しかけていただろう。
コミュ障でよかった。
あれ、もしかして誰にでも話しかけるおじさんおばさんって、そういうこと?
他にもある。
「いつもありがとうございます。」
これは、店員さんが決して口にしてはならない禁断のワードだ。
これを聞いた途端、コミュ障はもう、そのお店に行けなくなる。
だから、よく行くお店に入るときも、常連ぶってはならない。
心の中で常連ぶっていても、態度に表してはならない。
「あ、今日はこの店員さんか」と心の中で思っても、
「今日は厨房忙しいのかな」と思っても、決して口にしない。
こんな風に、心と態度が乖離するのがコミュ障なのだ。
いつか書いたエッセイに出てくるガストのおばちゃんは、絶妙なラインをわきまえた達人だったのだ。
あるとき、僕は渋谷で働いていた。
近くに、「ポムの樹」というオムライス屋さんがあった。
ベジタリアンになっても玉子だけはやめようと思わなかったくらい、玉子が好きな僕は、我慢ができなかった。
でも噂によると、とっても女子女子したところらしい。
会社の女性社員でも誘えばいいのだろうけど、そんなことできるわけがない。
僕は思い切って、ひとりで行った。
「あ、今度ね、彼女連れてこようと思って。下見ね。」
と心の中でつぶやいて。
もちろん彼女などいない。
また違うときはこうだ
「うわー、まじで?間違えたわー、こんなとこだと思わなかったわー。まあ来ちゃったもんはしょうが無い。食べてくかー。」
もちろん誰にも聞こえていない。
他にも。
僕はよく、お散歩をする。
それに、ミーティングとかで取引先の会社さんに訪問があると、30分以上前には到着する。
でも早すぎるから、付近をうろうろする。
そして、うろうろしてると、同じお店の前を何度も通る。
店員さんと目が会う。
「あ、たまたまね。たまたま。道間違えてね。」
と、心の中で会話する。
そして、そのお店の前を通れなくなる。
どうしても再び通らないといけないときは、顔を背け、足早に通過する。
誰も気にしていないことなんて知っている。
僕が気にしているのだから、しょうがない。
電車の中でも、素直に席を譲ることができない。
僕の前に、席に座るのが必要そうな人が来ると、素直に「どうぞ」とやればいいのに、コミュ障は違う。
心の中で「あ、この駅だった!」と言って、焦った風に立ち上がる。
そして、ドアの前まで行き、「あ、まだ違った」と心の中つぶやく。
そのまま、できるだけ現場から遠ざかる。
なんと面倒くさいやつなんだ。
こんな感じで、心の中で会話しながら、むすっとした顔で生きている。
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