僕と慶應通信の14年

通信制大学選び

2011年、僕は34歳で、大学生になった。
その少し前に、僕は1年間だけ資格マニアになろうと思い、資格勉強漬けの1年を過ごしていた。
その1年が終わり、せっかく付いた勉強癖を終わらせるのがもったいないな、と思ったのも、大学で学ぼうと思った理由のひとつ。
だけど一番の理由は、ほかのエッセイでも少し書いたけど、社会の仕組みや世間のことを知らなすぎる自分が嫌になった。
きちんと勉強がしたかった。
だから、日本で通信制をやっている大学の中で、一番難しいと言われているところを選んだ。

このときは、通信制の大学をいっぱい調べた。
特に、法学を学べるところ。
覚えている選択肢は、日本大学、中央大学、慶應義塾大学の3つ。
高校生当時には大学受験なんて考えもしなかった僕は、偏差値とか大学の世間的なランキングとか何も知らない。
「東大・京大」 ここがすごいっていうのは当然知っている。
「早稲田・慶應」 ここがすごいっていうのも、なんとなく知っている。
あとはもう、「旧帝大?国立?あ、早稲田・慶應よりすごいんだ?」
「日大?中央?法政?、聞いたことはあるかも…」 ぐらい。
で、早稲田出身者とはバイトや仕事で何度か一緒になったことがあるけど、あんまりすごみを感じないというか、「高卒の僕と同じ内容のフリーターやってんの?」って感じだった。
あ、全部で3人だけか。
誰にだっていろいろあるし、学歴が高いことによる苦悩もいろいろあるだろう。
それに、3人だけでその大学のイメージ語られても、っていうのは当然なんだけど、慶應出身者とは会ったことがなかったから、マイナスイメージもなかった。
そしていろいろ調べて考えて、図書館がとってもよさそうで通信の学生でも利用可能なところと、通信専門の教員はおらず、通学の教員が通信も担当するというところ、そして、通信制で一番難易度が高いという噂で、慶應通信に決めた。
意外とミーハーな僕は、「僕が慶應!?」みたいなネームバリューと、そこから来るであろうモチベーション向上も、もちろん大きな要因だった。

入学

慶應通信は入学に学力は関係なく、継続して学んでいけるかという学ぶ意欲と、小論文形式なので日本語を正しく書けるかという2点が特に重要らしい。
僕の時は、「志望理由」を720文字、「選んだ書籍の論評」を720文字、「慶應通信を選んだ理由」が何文字だっけ、100〜200文字くらいだったかな。

志望理由は、たしか要約するとこんな感じ
「私は母子家庭で貧乏して大学に行くなんて考えもしなかった。社会人になって宅建や行政書士の勉強で法律を学んで、日本国憲法の「ひとりひとりの人間を個人として尊重する」という理念と現実との乖離を痛感した。自分が法律のサポートを必要としている社会的弱者の方々の力となる弁護士となり、さらに、日本社会を良い方へと導く手助けをしたい。だけど、ただ司法試験に合格しても様々な視点や思考で考え、正しい答えを導く法曹となる事はできない。だから大学で学ぶことで、知識や経験を身につけたい。」
35歳の僕は、まだ弁護士という選択肢が残っていたみたいだ。

書籍の論評は、大学で学びたい内容に関係する書籍を1冊自分で選んで、その内容の簡単な説明と、自分なりの論評を書く。
僕が選んだのは生命倫理関連の本。
僕は法学部法律学科を選んだんだけど、1年の資格マニア期間で行政書士試験に合格していたから、実定法(憲法、刑法、民法などの実際の法律)は、独学だけどある程度すでに学んでいた。そして一番興味があるのが、応用倫理学と呼ばれる分野の、生命倫理や動物倫理。これは倫理学だから文学部なんだけど、僕はそれらを法という側面からみる学問「法哲学」を学びたかった。こちらは法学部。
当時、その1年前に「ハーバード白熱教室」という、ハーバードの政治哲学者サンデル教授の授業を収録したNHK番組がブームになっていた。「正義」ブーム、「政治哲学」ブームだったといえる。でも僕は、正義を政治からではなく法からみたかった。僕が選んだ本は生命倫理と生命法について考察したもので、僕は論評として死刑制度について簡単に論じた。
そして最後に、慶應を選んだ理由として、たしか慶應の創始者であり唯一の先生である福沢諭吉が提唱し、慶應の理念の根幹をなす「独立自尊」を挙げた気がする。

こういう簡単な試験というか願書というかを提出して合格。合格率は公表されていないけど、噂によると8割ぐらいとか。間口は広い。でもそのとき調べた卒業率は10%くらいだったかな。入りやすいけど卒業は大変。
そして本当に大変で、僕は卒業までに14年もかかってしまった。


通信大学生生活

通信だからもちろん通学はしないしキャンパスライフもない。
自分で動かなければ学友もできない。

慶應通信では、年4回の「科目試験」と「スクーリング」で、実際にキャンパスに行く。
科目試験は文字通り筆記試験。
例えば憲法学では「憲法第9条について論じなさい」みたいに、論述式の問題が多い。これに合格すると半分クリア。もう半分は、レポート課題。レポートのほうにも課題が決められていて、テキストを読んだりいろいろ調べて、4,000文字とか決められた文字数で論述して提出。この「科目試験」と「レポート」の両方クリアすると、単位がもらえる。4年間で所定の単位を満たし、卒論、卒業試験をクリアすれば卒業だ。
レポートは僕の時は手書きだった。やりとりも郵送。今はどうなんだろう。
下手くそのヘロヘロの文字でも、できるだけ読めるように気をつかって丁寧に4,000文字書く。手が痛くなって疲れる。先生も印刷やPDFのほうが楽だろうにっていつも思ってた。科目試験はもちろん手書きだ。
自分で文字を書くというのも悪くないなと思って、モチベーションを上げるためにちょっといい万年筆を買った。万年筆で書くとちょっと気分があがる。ただ裏写りするし、乾く前に触ると汚れるし、インクはすぐなくなるし、便利さならボールペン一択なんだけどね。このとき買った万年筆は今も使ってる。ブルーブラックのインク色もいい。

スクーリングは夏休みの集中的な夏スクーリングと、秋に毎週末行く週末スクーリング、同じく秋から夜に開催される夜スクーリングがある。
僕は9割夏スクーリングで、1割週末スクーリングだったかな。
夏スクーリングは全国から通信生が集まって、週6みっちり講義が3週間おこなわれる。学食やメディアセンター(図書館)も使って、このときだけはキャンパスライフ的なものになる。
コミュ障じゃない人や学友との交流も求めたい人は、スクーリングで友達ができたり。
スクーリング最終日に「この後飲みに行きましょう!」みたいな人たちもいる。遠方から来てる人はスクーリング終わると帰りの時間があるので、参加率は低そうだった。
あとは通信生同士のコミュニティがあって、そこに誘われたりもする。
僕は少しでも話すようになったのは、全部で2人だったかな。


通信生同士のつながり

入学したばかりのころは、右も左も分からない。
誰に聞けばいいのかもわからない。
それに、せっかく勉学を志し入学したのだから、よりお互い高めていけるような、なにかについて議論をしたり、そういった仲間がいるのも悪くないな、とコミュ障のくせにちょっと思った。
そんなとき、4月に入学してはじめての夏スクーリングで、少し話すようになった人に誘われた。
「慶友会」という組織があるらしい。
これはまあサークルみたいなもので、学校が公式に認めた団体がいくつもある。「法学慶友会」とか「東京慶友会」とか、そんな感じのがあったような気がする。
毎月学校から送られてくる「ニューズレター」にも慶友会の連絡先とかが載っている。その慶友会の集まりに「講師派遣」として、学校の先生たちが特別講義してくれたりもあるらしい。
で、どこだか忘れたけど、その人は「〇〇慶友会」の人だったようで、誘われて行ってみることにした。
行ってみると貸会場を借りて集まりをやっていて、慶友会の会員さんが講師になって他の会員さんに教えていた。そのときは「哲学」だったかな。すでに履修を終えた人がこれから履修する人に教える。僕は「教授や専門の講師に教わるならまだしも、これなら独学で十分だな」と思ってしまった。
慶應義塾の理念に「半学半教」というものがある。教師も学生も上とか下とかじゃなくて、お互いに教え合い学び合う関係だ、という教え。
この慶友会のやり方はまさに慶應の理念のとおりで、僕の方が異端というか、合っていない。
それでも最も重要そうだなと思ったのは、過去問の共有。
これは普通の通学の学生さんとかでも重要らしいけど、次の試験でどんな問題がでるか、それがわかれば効率的に学習をして、良い成績を取れる。
慶應通信は過去問とかそういうのをネットに上げるのを厳しく禁止していて、もしやったら制裁もある。でも、友人同士でリアルで交換するのはもちろんOK。慶友会ではこの過去問を教え合って、次どんな問題がでるか、とかやっていた。
※厳密には昨年度より前の過去問は公式に配布される。今年度の過去問はやった人に聞かないとわからない。
なるほど、効率的に単位を取得し、少しでも良い成績を取るには、とってもいい互助会だ。
でも僕は「あー、違うな」と思ってしまった。
そしてその集まりのあと、恒例の飲み会。
僕は、もしかしたらこっちで有意義な交流があるのかもしれない、と少しだけ期待して、参加してみた。
まー、ただの飲み会だった。
しかも、個室居酒屋で部屋の中がモクモク。タバコの煙がだめな僕は気持ちが悪くなってしまった。ひとり外に出て涼んでいると、誘ってくれた方が心配して様子を見に来てくれた。これ幸いと、僕は自分の分の飲み代と中座の謝罪をして、家に帰った。当時は杉並のボロアパートだったけど、心安らぐ。おうちの良さを再確認できた出来事だった。

おそらく僕と皆さんとでは、目的が違ったのだ。
皆さんは、「単位を取る・いい成績を取る・卒業する」が目的だったのだ。当たり前だけど。
でも僕は、「学修する・勉強する」が目的だった。
もちろん良い成績も取りたいし、卒業もしたい。だけど、もし次の出題内容がわかってしまったら、意志の弱い僕はきっとそこの部分しか勉強しない。良い成績は取れるかもしれないけど、それではわざわざ勉強するために入学した意味がない、と思ってしまった。
勉強会や飲み会もそうだ。
僕は、ルソーたちがいた頃のフランスのサロンのような※、知的な交流の場なのかと、ちょっと期待していた。例えば、判例とか法のあるべき姿とか、死刑制度とか、そういったことについて、侃々諤々(かんかんがくがく)※の議論を交わすような「場」かなって。でも当たり前だけど全然違った。
もちろん、僕が経験したのは体験お試しの表面だけなので、もっと関わったり、自分から動けば、そういう場にもなったのかもしれない。
でも、この1日だけでコミュ障の僕は疲れ果ててしまった。
通信大学生活もひとりでいいや、って。

※18世紀のフランスで最盛期を迎えたサロン文化は、貴族の女主人らが客間(サロン)に哲学者や作家を招待し、思想や政治、文学、芸術などの議論をおこなっていた。フランス革命の思想的土壌になったとも言われる。ただし、ジャン=ジャック・ルソーはサロンに批判的だったとして知られている。
※ずっと「喧々諤々(けんけんがくがく)」だと思っていたけど誤用らしい。侃々諤々(かんかんがくがく)と喧々囂々(けんけんごうごう)が混ざったとか。


卒業まで

4年、いや5年で卒業してやる!と思っていた僕は、最初の4年でほぼすべての単位を取得した。仕事もしながらがんばった。
1年目の「政治学」は何回もレポートを不合格で突き返され、心折れそうにもなった。でも多くの教科は、とても勉強になって面白かったし、結果としてそこそこの成績も取れたと思う。英語と第二外国語のドイツ語以外は…。語学は昔から苦手だ。
もちろん政治学も面白かったし、容易に合格をくれないということは、勉強のために入学した僕にとっては、むしろ嬉しいことでもあった。
スクーリングは、通信生が唯一直接講義を受けられる場。とってもためになったし、先生の話は興味深いし、必要単位数を超えてできるだけ参加した。
そして卒論。
これが鬼門だ。
「せっかくだからすごいのを書きたい」
「自分のすべてをぶつけたい」
「今の自分以上の結果を」
こんなことを考えてしまったら、沼にはまる。
僕は見事に沼にはまった。
それプラス、最初の卒論相談で、本当に書きたいテーマを指導できる教員がいない、みたいなニュアンスで暗に否定され、本当に書きたいテーマを避けてしまった。いらんとこで空気読むコミュ障のせいかもしれないけど。
結局卒論は、そのとき自分にできる精一杯をやればいいのだ。
さらに1年勉強すれば、当然今よりいいものが書ける。
でも、本当により優れたものを書きたいなら、さっさと学部卒業して、大学院入って修論でやりなよ。と、今なら思う。
結局僕は卒論で躓き、卒論相談の後に赴任された教授が僕が本当にやりたいテーマを扱える方だったこともあり、途中でテーマ変更。
途中、仕事やプライベートの事情もあり休学。
最後の1年は妻の協力もあり、なんとか卒論を書き上げ卒業。

結局、14年もかかってしまった。

制度として認められている休学期間が4年。
僕はフルに4年休学し、さらに事実上の休学も4年くらい。
レポート等の単位取得に4年、最初のテーマの卒論で1年、テーマ変更後の卒論で1年、全部で14年。
大学生になって14年。
早い人なら助教授になってるくらいの期間で、僕は学士になった。


慶應通信を選んで

なんとか卒業したけど通信だし、気分は今でも高卒。
もちろん通信でも立派に大学だし、普通の通学課程とどっちが上も下も、ないとは思う。
でも「慶應」というあまりにも立派な看板のおかげで、僕は「慶應卒です」とは言えない。もし学歴なんて聞かれたら「高卒だったんですけど大人になってから通信で大学出まして」「あ、どこの大学?いちおう慶應の通信です」みたいな長文になっちゃうと思う。社会で学歴聞かれた経験なんてほぼないけど。
これも、ひとつの学歴コンプレックスなんだろうな。
そういえばバイク屋で働いていたときの整備士の先輩が大卒で珍しくて「いや、通信なんで…」って謙遜してたのを覚えてる。大学にまったく興味なかった僕は「通信とか知らんけど大卒すげー」と思っていた。あの先輩も少しコンプレックスがあったのかもしれないな。

慶應通信で学んだことはいっぱいあるけど、あえて挙げるとすれば2つ。
「アカデミックスキル」と「リーガルマインド」。
アカデミックスキルは、自分で文献を調べて、理解して、それをもとに自分の頭で考えて、検討して、その結果をお作法にのっとって文章で表現する能力。特に通信は全部自分で進めるレポートがほぼすべてなので、これはとっても重要で、真面目に向き合っていれば自然と身につく。
リーガルマインドは、物事を客観的・論理的に分析し、法的な知識をもとに公正に判断し、妥当な結論に導くこと。このためには、「自分が考える正義」をいったん置いておくことが必要。一旦置いておいたうえで調査・判断・分析して、最終的にその正義を実現するためにどうすればいいのか、を考えること。
どちらもとっても重要で、まだまだレベルは低いけれど、少しは身につけられたと思う。
そして、ほぼほぼ独学ではあるけど、動物の権利と学問や法の関わりについて、それなりに深く学修できたことも、大きな成果だったかな。

数ある通信制の大学の中でも、慶應にしてよかったことはなにか。
まず第一に、やっぱり教師陣が優秀。他の通信大学知らないから比較ではないけど。
通学のエリートさんたちに教えているのと同じ教授がみてくれる、というだけで少しやる気がでる。
そして、やる気がなくなったら三田にいって、図書館旧館のステンドグラスをながめる。三田や日吉のメディアセンターで調べ物や勉強をする。慶應で学んでいるって実感をして、それだけでちょっとモチベーションがあがる。お手軽だ。
諭吉先生の胸像には、とくになんにも感じないけど。

14年もかかってしまったけれど、慶應通信で学べてとってもよかった。
自分がやりたかったテーマの卒論も、あのときの自分にできる精一杯を出し切って書けたし。
このまま大学院って考えも浮かんだけど、僕がやりたいテーマなら英語は必須。卒論は辞書と機械翻訳も駆使して乗り切ったけど、修論ならまず英語文献を自分で読みこなせるようにならないといかん…英語苦手…
大変だったけど、とても意義深い14年間だった。

慶應義塾大学旧図書館のステンドグラス
慶應義塾図書館旧館のステンドグラス
ラテン語で「ペンは剣よりも強し」と書かれている

慶應義塾大学旧図書館の八角塔

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