キラキラ港区男子フリーランサーの日常

フリーランサーの朝は早い。
太陽が昇る前、まだ薄暗いうちに起きるのが、プロフェッショナルだ。
起きたらすぐに、デスクに向かう。
ベッドからは、徒歩2歩の距離。
これが僕の職場だ。
デスクで仕事をこなす。
今日もよく働いた。
さあ、寝よう。
徒歩2歩のベッドにもぐり込む。
これが、キラキラ港区男子フリーランサーの日常だ。


これは誇張でもなんでもない、独身時代の、仕事が忙しいときの僕の一日だった。
食事は適当に。
食べるなんてただのエネルギー補給。
なんでもいい。
なんならカロリーメイトだけで十分贅沢だ。フルーツ味ならさらによい。
いわゆるデスマーチのときは、仮に万歩計を身につけていても、1日10歩もいかなかったんじゃなかろうか。
そこが港区なのか、埼玉の端っこなのかは、まったく関係がない。
むしろ、窓を開けたら向かいのビルしか見えない、空が極めて小さい港区のほうが、いろいろな面でマイナスだろう。
ただし、僕が住んでいたマンションからは、東京タワーが近くに見えた!
まさに、キラキラしている。
冬場の東京タワーの色の方が、暖かみがあって、夏よりさらにいい。
たまに違うバリエーションでライトアップされる東京タワー、これまたいい。
ほとんど記憶にない子どもの頃、僕は東京タワーに行ったのだ。
月島に住んでいたのだから、ある意味ご近所だ。
小さい東京タワーのフィギアも持っていた。
東京タワーが子どもの頃から好きだった。
そして僕は、東京タワー徒歩10分のところに住みはじめた。
キラキラ港区男子、爆誕である。


デスマーチじゃない日は、もちろん一日徒歩10歩なんてことはない。
キラキラ港区男子の一日を振り返ってみよう。


まず、まだ暗いうちに起きる。
これは何十年も変わらない。
起きたらとりあえず恥ずかしくない程度の服をきて、お散歩だ。
徒歩10分の東京タワーへ向かう。
途中の公園で一休みするときもある。
この公園は、紳士淑女の社交場で、ラジオ体操やゲートボールがおこなわれていたりもした。
そしていよいよ、東京タワー。
東京タワーを下から眺める。
美しい。

東京タワーの下というか横には、「もみじ谷」という、小さな渓谷のようなところがある。
滝まである散歩道があって、芝公園の一部だ。
渓谷の最上部、東京タワー横の入口には、如意輪観音をまつったお堂がある。
なんとなくお堂に手を合わせ、崖道をくだっていく。
それほど大きくないけれど、ちゃんと森と山と滝がある。
小さな渓谷を堪能したら、次の目的地へ。
あ、このもみじ谷は心霊スポットらしい。見たことないけど。


横断歩道で信号待ち。
朝はほとんど車が通っていない。
たまに、ランニングをしている人が通ったり、朝早い観光客が通るくらい。
道路を渡ると、大きなお寺さんが現れる。
節分の豆まきでおなじみの、増上寺だ。
「なんまいだー」と唱える浄土宗の本山のひとつ。
徳川将軍家の菩提寺として栄華を誇り、最盛期には今とは比べものにならない敷地面積と、数千人の僧侶がいたという。
徳川家康が江戸幕府を開く際、江戸の街の中心はもちろん江戸城、現在の皇居だ。
そして、江戸の鬼門である東北には、上野寛永寺を据え、鬼門除けとした。
現在の上野公園のほとんどが寺域だった、大きなお寺だ。
そして反対側の裏鬼門、南西の守護として、増上寺がこの地に移築され、江戸の街を守ってきた。

僕は増上寺の本堂に入り、おまいりをする。
本堂ではお香が焚かれ、薄暗いなかで僧侶たちの読経が聞こえる。
タイミングが合うと、ちょうど朝のお勤めを見ることができるのだ。
一般人エリアに並べられた椅子に座り、一緒にお経を詠んでいるおじいさんとかもいる。
真ん中には阿弥陀如来の坐像。
室町時代の作だけど※、なかなかよいお顔をされていて、一目で「阿弥陀さん」とわかる定番のお姿だ。

※仏像好きにとっては室町時代の作はかなり新しく、あまり面白みがないものが多い。

増上寺も例に漏れず東京大空襲で焼け落ちているので、この本堂も再建。だけど悪くない。
ちなみに表通りから見える有名な赤い大きな三門は、空襲を生き延び、国の重要文化財に指定されている。
信心深い人ごっことプチ寺社仏閣巡りを楽しみ、増上寺境内をお散歩する。
ふと振り返ると、東京タワーをまるで自分ちの五重塔のように後ろに従えた本堂。
増上寺定番の構図だ。

だいたいいつもここで引き返して家に帰るけど、気が向いたときは芝公園をお散歩して、芝丸山古墳に登る。
知る人は少ないけれど、都心に古墳、しかも小学生の心をときめかせる「前方後円墳」があるのだ。
まあ、見ても登ってもわからないけど。


朝ん歩が終わると、朝ごはん。
9割方は家で適当に食べるけど、もちろん朝カフェにだっていっちゃう。
だって、キラキラ港区男子だから。
徒歩5分で麻布十番。
麻布十番のおしゃれなカフェでモーニング。
なんてことは、多分住んでるうちに3回もしていない。
いつもは、麻布十番や三田のおしゃれなガストでモーニングだ。
これは、神奈川の僻地に住んでいる今でも、港区在住でも変わりはしない。
お腹が満たされたら、早朝営業のダイエーに寄ってから家に帰る。
たまに「泳げ鯛焼き君」のモデルとなった「浪花家総本店」さんで鯛焼きを買う。ちょっと常連ぶって。

後は家に帰って、のんびり仕事をするだけだ。
昼や夜は、あまり外に出ない。
特に夜の麻布十番なんて、ほとんど行ったことない。
徒歩5分なのに。
だって用事が無いし、怖いし。
でも僕は、「あー、麻布十番なんてね、下町ですよ。キラキラしたお店なんて最近できたごく一部だけでね。」と生まれも育ちも麻布十番っぽくドヤ顔する。
だって、港区男子だから。


…港区である必要がまったくないな。
そもそも、僕がここに住んだのは、図書館のためなのだ。
キラキラするためじゃない。
真逆だ。
本の山に埋もれて引きこもるために住んだのだ。
国会図書館と、三田メディアに歩いて行ける距離。
そして、できるだけ家賃が安いとこ。
そこで見つけたのが、このとき住んでいたマンションだった。

三田の不動産屋さんで、桜マニアの担当者さんに案内されたここ東麻布。
歌舞伎役者やイケイケ女優が盛り上がるのは西麻布。
東麻布はただの住宅地だ。
オートロック、24時間ゴミ出しOK、管理人あり、管理費込みで10万弱!
諭吉10人でおつりが来るお値段で、港区男子!
もちろん部屋は極小。
20㎡ないくらいのワンルーム。
セミダブルベッドとデスクを置いたら、もう床に寝転がることすら難しいサイズ。
でも、おじさん独り暮らしなら、これで充分だった。
僻地暮らしとの違いは、徒歩10分以内に大手コンビニが全部ある。ナチュローまである。
そして飲食店が選べる。成城石井がある。徒歩圏内に駅がいくつかある。これくらいか。

僕の港区生活は、次のどれかがメインだった。


家で仕事

杉並や初台に住んでいるときは、コワーキングスペースを借りたり、自習室を借りたり、お高いカフェいったり。
「俺ってノマドワーカーまじかっけー」とドヤ顔でMac開いていたけれど、家が一番いいことに気づいた。
あとは、たまにヒトカラ行って「あ、歌わないの、仕事部屋としてね、来たの」と心の中で店員さんと会話をして、結局仕事もしないで歌ったり。
港区男子期間中は、むしろ外でドヤ顔せず、家で仕事をしているほうが多かった。


美術館・庭園

六本木には、行きつけの国立新美術館とサントリー美術館がある。
もちろん家から歩いて行っちゃう。
あと芝離宮、浜離宮も歩いて行っちゃう。
それ以外の美術館・博物館や庭園は、しょうがないから電車だ。
渋谷に行くときは、電車は接続悪すぎてバスだ。
もともと麻布十番は陸の孤島と呼ばれていたくらいだからね。
都内でタクシーなんてほぼ乗ったことない。
杉並時代に買った自転車もあったけど、港区では一度も乗らなかったかも。


図書館

三田メディアまでは20分、国会図書館までは45分だ。歩いて。
お散歩好きな僕だけど、国会図書館は歩いて行くのと電車で行くの、半々くらいだったかな。
三田の日は、朝早く出てガストによってから、という定番パターンだ。
必要な本はいっぱいあるし、とても勉強がはかどる。
学食もあるし。
でも学生さんたちの試験が近いときとかは、人が多くておじさん申し訳ないのでいかない。

国会図書館も勉強がはかどる。
食堂もカフェもある。
国会図書館まで歩くには、まずロシア大使館の横を通る。
狸穴坂を登っていくと、ちっちゃい電話ボックスみたいな箱に入ったお巡りさんとご挨拶。
なぜかとっても気まずい。
しょうがないからちょこんと頭を下げて通り過ぎる。
そして裏道を駆使して進んで行く。
当時は麻布台ヒルズとかなかったし静かな道だった。
引っ越してしばらく経ってから再訪したとき、なにこれってびっくりしたわ。
で、ホテルークラの大倉集古館を横目でみながら横を通る。
「普賢菩薩さん元気かな※」とか思いながら。

※平安時代作で国宝の「普賢菩薩騎象像」が収蔵されている。美しい仏像。

そして、ロシアの次はアメリカ大使館の横を通り、わざわざ国会議事堂の正面を通る遠回りルートで国会図書館へ。
この辺はお巡りさんがいっぱい。
一回、なんか集団で行進しているお巡りさんたちが僕の方をみながら、ザッと敬礼するからさ、慌てながら頭をちょこんと下げたら、僕の後ろに偉そうな人がいた。
めっちゃ恥ずかしかった。


こんな感じで、僕の港区生活は全然キラキラしていなかった。
そして、突然僕の世界に現れた竜巻(妻)にさらわれ、僕は港区男子をやめることになる。
キラキラした東京タワーのお膝元で暮らすのも、そんなに悪いものじゃなかったな。
この歳なら「港区男子」じゃなくて「港区おじ」だろってご批判は置いておこう。

見上げる東京タワー東京タワーと増上寺

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