僕はタクシードライバー

20代の僕は、いろいろなお仕事を転々とした。
その中でも、比較的強く記憶に残っているお仕事のひとつが、タクシー運転手だ。
WEB関係の職業訓練を終えた僕だけど、なぜかまったく関係のないタクシーの仕事を選んだ。
たしか、新聞折り込み広告の求人に載っていたのだ。
当時、僕は埼玉に住んでいたけど、東京のそのタクシーの会社までは片道1時間くらいで、十分通勤範囲内。
ドライブは好きだったし、都内のタクシーはそこそこ稼げるらしい。
唯一の誤算は、タクシーの運転手はかなりの接客サービス業だったということ。
プライベートの事情があり、結局8ヶ月しかやらなかったタクシー運転手というお仕事を、ちょっと振り返ってみよう。


お客さんを乗せて運転するには、2種免許がいる。
2種免許の取得費用はまず自分で払うんだけど、1年間継続勤務すると会社が負担してくれる。
僕は8ヶ月で辞めてしまったので、結局は全額自己負担だった。
そして、2種免許を取ったことによる免許更新時の深視力検査。
苦手過ぎて、毎回本当に憂鬱だ。

次に必要なのが地理試験。
タクシーには営業エリアが決まっていて、基本的には営業エリア内でしかお仕事ができない。
僕の場合は東京特別区エリアで、東京23区と三鷹・武蔵野。
このエリアの主要な道路や交差点、ホテルなどの主要施設、観光地などを覚えないといけない。
東京の地理を覚えるのは結構面白かった。
今調べたら、なんと地理試験は廃止されたらしい!

そして、同期の数名と教官と主に車に乗り、実際に路上を走り、いろいろと現場の事を教わっていく。
教官はおじいさんだったけど、身体が大きくて、豪快に笑う明るくて優しい人。
同期は3人くらいだったかな。
小さくて我修院達也さんみたいな見た目の、ニコニコしたおじさんだけ覚えている。
独り立ちした後もたまに会うと「あー、どうもー」って年下の僕にも丁寧に接してくれた。
嫌な人はひとりもいなかったな。

教官や先輩方の教えでよく覚えているのは、次のとおり。

「ゲソナンバーには近づくな」
足立ナンバーのタクシーは運転が荒くて危険、って意味(先輩の主観です)。

「路上にお金が落ちていると思え」
いっぱい稼ぐ大先輩の教え。
タクシーはゲームだと。
路上に落ちているお金(お客さん)をいかにみつけるか。
ドライブが好きで、お客さんのお金でドライブできて、人と話すのが好きで、俺には天職!って言っていた。

「客待ちはするな、とにかく走れ」
駅や病院につけてお客さんを待つのは、無駄な時間が多いし近場にしか行かず稼げない。
23区のタクシーは、稼ぎたいなら流し(とにかく路上を走ってお客さんを探す)が基本。

「曜日・時間・天気、そういったもので状況が変わる」
今の状況ならどこにいいお客さんがいるか。
急に雨が降り出したら、大きな駅に行けばタクシー待ちの行列が出来てる、とか。

実際自分で走り始めてみても、これはゲームだ、と思った。
ゲームが好きでやり込むことが好きな人には、とってもいい仕事だと思う。
僕が8ヶ月で学んだルーティーンはこんな感じだった。

  • 夕方までは期待しないで流す。本番は暗くなってから。
  • 20時21時くらいは四谷荒木町。
    ここは元花街で、当時でも接待に使われていた。
    接待=タクシーチケットで自分のお金じゃない。
    だから、遠くまで行くお客さんが多い。
  • 終電過ぎたら、赤坂・六本木・歌舞伎町などの飲み屋街。
    ただし、客層は最悪だから最後の手段。
  • 明け方には新宿ニ丁目
    ニ丁目のお客さんはリッチな方が多く、始発が走っていてもタクシーで遠くまで行かれる方が多い。

新人だったので、基本これくらいで、あとは臨機応変。
新人はまだ無線を取れないから、一番美味しいテレビ局・官公庁のお客さんをターゲットにできない。こういったとこは無線でタクシーを呼んで、タクシーチケットでどこまでも行くから、とても美味しい。毎朝始発前に出勤するテレビ局関係者のご指名をもらっている先輩もいた。
配車アプリみたいなのはまだなかった。

「この曜日でこの時間、この天気でこのエリアならここ」という引き出しがいっぱいあれば、お客さんを降ろした先でもすぐにいい場所を走れる。稼ぐベテランさんはそういう経験と知識が豊富。
まさに、やりこみ系のゲームだ。

僕は、千代田区・港区・新宿・池袋・渋谷あたりを営業エリアとしていたから、都内でも他エリアはよくわからない。たまに上野とか範囲外までお客さんを連れてくと、すぐに自分のエリアに逃げ帰った。


当時、僕の勤務時間は、たしか21時間くらい。
丸一日働いて、次の日はお休み。
11時くらいに出発して、翌朝7時すぎに帰ってくる。
途中どこかで3時間の休憩。
とにかく流せと言われていた僕は、毎回300km以上走るのが目安。
たしかに、稼ぎが良いときは走行距離も長かった。

駅とかのタクシー乗り場で付け待ちしている運転手さんは、稼ぐ気が無いやる気が無い人。と、当時は本気で思っていた。
でも、あれから20歳以上歳をとった今ならわかる。
何時間も走り続けるとか、無理。
体力保たない。
今やるとしたら、暗くなるまでは得意のエリアで付け待ちするだろうな。


タクシー運転手は、なかなか楽しい仕事だった。
東京の街は嫌いじゃないし、有名スポットが結構あって、観光してるみたい。
でも、目の前で急に停まるタクシーには腹が立つし、走っても走ってももう何時間も乗車ゼロって時には、とっても焦る。
たまに、嫌なお客さんもいたけど、基本的には雑談とかもないし、無害無個性で丁寧なお客様が多かった。

道が分からないから、太ももの上で地図を開きながら、頑張る。
地図はあっという間にボロボロになった。
少ししたら、カーナビ付きの車をあてがわれた。
とっても便利だけど、カーナビに頼っていると、まったく道を覚えなかった。

休憩スポットは、昼間は国立劇場、青山墓地、代々木公園、芝公園などなど。
ご飯はコンビニとかで適当に。
旅行に行ったら「美味しいラーメン屋はタクシー運転手に聞け」ってよく言われるけど、僕に聞かれてもわからなかったな。
ラーメン好きな同僚は、いろんなお店に行くのが楽しみだったみたいだけど。

稼ぎは、1日の売上げが8万円超えると、よく頑張った日。
最高に稼いだ日で、10万いかないくらい。
で、自分の取り分はそのうち6割くらい。
高いような高くないような。

いっぱい稼ぐには、テクニックがいる。
例えば稼ぎ頭の先輩は、街の中で誰がお客さんになるかなんとなくわかるらしい。
実際に最初の同乗研修のときも、交差点の先でビルから降りてくる人を見つけて、「あの人乗るよ」という。そして、その人が出てきそうな場所にタクシーを停車して少し待つ。本当に乗ってきた。
ほかにも、流しているときは必ず左車線。
これは当然、左車線じゃないと、お客さんがいても停まれないから。
信号がある交差点では、基本的には信号に引っかかって信号待ちした方がいい。
お客さんが乗ってくる可能性が少し上がる。
でも、交差点の向こうにスーツケースを引きずっている人がいる場合は別。
羽田は必ず高速に乗るから、美味しいのだ。

もちろん、事故をおこさないように、できるだけ周囲の迷惑にならないように。
そして勝負は夜の飲み屋街。
飲み屋が軒を連ねる路地を、ぐるぐるゆっくりと巡回する。
一番いいお客さんは接待客。
接待する側がタクシーチケットを渡すから、どんなに自宅が遠くてもタクシーで帰ってくれる。
タクシー代が自分のお金じゃない人が一番いい。
一番の上客がいる銀座は、いろいろなルールがあって新人にはハードルが高いから、ほとんど行かなかった。


こんな感じの「タクシー運転手」とうお仕事だったけど、特に記憶に残っていることを、いくつかピックアップしよう。


赤坂の酔客

赤坂は昔ながらの飲み屋街で、普段はあまり行かないけど、ずっと乗車がないときとか、たまたま近くに行ったときには寄っていく場所。
そこでお乗せした中年男性。
まーよく聞くけど、高圧的な態度、暴言、椅子を蹴る、などなど。
でも警察に行くほどじゃない。いや、でも行くか。と悩む程度。
ただひたすら早く着けーと願いながら走った。


酔客

酔っ払ったお客さんは大変。
まず乗車時に、行き先住所を必ず番地まで聞く。
で、着いたときに起きてくれないと面倒くさい。
タクシー運転手は、お客さんに触るなと強く言われている。
特に酔っ払った人は、セクハラされたとか、財布が無いとか、騒ぎ出す場合がある。
1回だけ、まったく起きてくれずに、最寄りの警察署に行ったことがあった。
女性のお客さんは特に触れないから。
お巡りさんにお願いして、お巡りさんも嫌そうな顔してたけど、対応してくれた。
ありがたかった。


詐欺師

夜のはじめごろに、上野のほうで乗せたお客さん。
女性1人と、男性2人。
女性がなにかお店のオーナーで、男性はその従業員かな?って感じだった。
先に男性が降りて、女性が最後に残る。
目的地に到着すると、お金の持ち合わせがないと。
すぐそこが家だから、すぐ取ってきます、と。
まー、嘘だよね。
時間帯は、これからが一番のかき入れ時。
悩んだけど、ここで警察行ってなんだかんだでやるよりも、さっさと次に行った方がいいと判断。
お客さんが降りた後は、忘れ物がないか必ず後部座席を確認する。
すると、月一回の女性特有の汚れが、シートにべったりと。
シートカバーのスペアは積んでるけど、カバーを変えるぐらいじゃダメそうな汚れ。
一旦営業所に帰って洗うしかない。
詐欺られた1万円くらいの料金よりも、そっちの負担と機会損失のほうが大きく、何より心が重かった。


二丁目

新宿二丁目は、言わずと知れた独特な街。
昼間はただのオフィス街だけど、夜から明け方にかけては別世界となる。
身体が大きくドレッシーなママさんが手を上げる。
「あら、運転手さん若いわ!あたしが乗っちゃおうかしら♡」
とか、他の飲み屋街と違って明るくていい街だった。
もちろん僕は「あ、いや、えっと…」と対応できなかった。
それでも「ほらー、こまってるじゃなぁい」とか、勝手に拾って収めてくれる。

そして、二丁目の方々は、明け方始発が動き始めた後でもタクシーで帰る方が多い。
みなさんシンデレラなので、電車という日常空間では魔法が解けてしまうから。
魔法を保ったまま家に帰るには、かぼちゃの馬車(タクシー)が必要なのだ。

ただ、あるときお乗せしたカップルだけは、ご勘弁願いたかった。
普通のおじさまと、線が細い若い青年。
後部座席でいちゃつくのはやめてください…

基本的に丁寧なお客さんが多いこの街が、僕は結構いい営業場所だと思っていたし、嫌いじゃなかった。


老夫婦

たしか、港区のどこかでお乗せしたお客さま。
お上品な老夫婦で、おばあさんは足腰が悪いのか、おじいさんにサポートされながら、ゆっくりと歩いてこられた。
ドアを開けると、ゆっくりとご乗車。
僕のサポートまでは、必要なさそうだった。
目的地は、世田谷のおそらくご自宅。
いつものルートがあるようで、おじいさんのナビで目的地に向かった。
足腰がとても悪そうなのがわかっていたので、この車はロールスロイス※だと自分に言い聞かせ、できるだけ後部座席が安定するように、曲がるときや止まるとき、発進するときに、いつも以上に気をつかって、丁寧に運転した。
無事到着し、ゆっくりと降りて行かれた。
最初から最後まで、とても丁寧なおふたりだった。

※ロールスロイスは、最高級の体験を後部座席に座る人に届ける。そのために、設計段階から徹底されている、らしい。

何日かたって、朝礼の時間。
朝礼では、今日はここで工事があるから気をつけろとか、前日起きた事故やヒヤリハットの共有、交通安全の再確認、お客様対応の向上教育、などがおこなわれる。
そこで、「お客様の声カード」の共有もある。
当時、タクシー後部座席には「お客様の声」を会社に投稿するためのハガキが据え付けられていて、クレームなどがあるとお客さんがこれに書いて送ってくる制度があった。
朝礼の司会をしてる主任から「僕君、港区の●●から世田谷の〇〇まではどうやっていく?」と質問され、僕はちょうど数日前に老夫婦をお乗せして通った道だったので、そのルートを答えた。
すると、「はい皆さん、僕君ね、道知らない」と言われ、このルートのほうが速いし間違いない、というお勉強会に。
それに続き、「でも、こんなお礼状が届くんです」と、老夫婦から届いた「お客様の声カード」の紹介があった。
あのご夫婦は、ご丁寧にもわざわざハガキを取り、それに手書きで礼状をしたため、ポストへの投函という手間をかけてくださったのだ。
お顔も覚えていない、30分程度乗車してくれただけの老夫婦が、僕のタクシー人生で一番の思い出となっている。


お部屋

ある日の夜が更ける頃、僕はいつものように流していた。
夜22時を過ぎると夜間割り増し料金になる。
それに、遠くへ乗車するお客さんも増えるので、タクシー一番の重要な時間。
しばらくお客さんが見つからず、真っ赤っか※だった僕は、お客さんを探して六本木にいた。

※タクシーの「空車」サインは文字が赤い。お客さんが全然いない日のタクシー乗り場は、赤い文字がずらーっと並び、「今日は真っ赤だな」とか言っていた。

高級ホテル「グランドハイアット東京」もタクシーが何台か付けていたのでスルーして、次はどこに行こうか、と考えながら、イルミネーションで有名なけやき坂をおりていく。
すると、左の建物から若いお兄さんが手を上げた。
タクシーを停めると、お兄さんは「ちょっと待ってて」のジェスチャー。
しばらくすると、とある大物芸能人が乗ってきた。
その建物はテレビ朝日だったけど、通常は車寄せにタクシーがいるので皆さんそちらに向かう。
テレビ局の横とはいえ、こんな道端で芸能人を乗せるなんてかなりレアだった。
あの大物さんが僕のタクシーにいる!僕に命を預けてる!
ミーハーではないつもりだったけど、それなりに衝撃だった。
若いスタッフ2名とご乗車され、態度も言葉もとても丁寧。
大物なのに、若いスタッフさんにも僕にも、テレビでみるあのままの感じだった。

「お部屋に呼ばれちゃったらどうしよう…」
「あっちのお部屋でも困っちゃうけど、本当のお部屋にお呼ばれしたら、もっと困っちゃうな…」

などと混乱し取り乱す僕の頭の中をよそに、タクシーは何事もなく目的地まで到着し、日本の宝を無事に送り届けることができた。
翌朝、会社に帰って主任にその話をすると「僕君は持ってるねー」と、ベテランタクシー運転手でもなかなか無い出来事だったらしい。

その少し後、僕はタクシーを降りることになったけど、「もし『○○の部屋』に呼ばれていたら」という妄想は、今でもたまに湧いてくる。

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