逃げるために大学へ

10代のころには、大学なんて自分と関係ない世界にあるなにか、という認識で、まったく興味がなかった。
そんな僕は、大人になってから2度、大学に入学した。
1度目は、ほぼ何もせず除籍。
2度目は、14年かけて卒業できた。


僕は26歳くらいから、病み始めた。
もともと感情が希薄で、何をみても感動とかあまりしなかった僕が、心を病んでいくとともに、感受性も豊かになった。
京都や奈良にはまったのもこのとき。

僕の興味は京都の神社からはじまり、お寺さん、仏像、庭園、絵画、日本文化だけではなく西洋絵画や、音楽、なんにでも心が動いた。
無学だった僕は、それらの基本にある日本の歴史も文化も知らない。
本を買ったり、図書館に行って勉強を始めた。
知ると、「感情・感動」だけでみていたものが、違う側面をみせてくる。
勉強が楽しくなった。
そして、心の病みも進行していて、こっちもこれがなんなのか、自分なりに調べ始めた。
心理学とか、精神療法とか、ユング、フロイト、仏教。


職業訓練に通い始めるとほぼ同時に、僕は通信制の大学に入学した。
仏教系の大学で、心理学を学ぶコースだった。
でも、今になって振り返ると、何も覚えていない。
どんなテキストで何を勉強したのかも、まったく。
おそらく、心が弱ってるのにいろいろなことをやり過ぎたのだろう。
同時進行していた職業訓練のほうは、覚えているしそこそこ楽しかった。


この通信大学生活の出来事で覚えているのはひとつだけ。
夏に初めて行ったスクーリング。
大学という場所に初めて行った。
そして仏教の講義を受ける。
僕はどうしても腑に落ちないことがあった。
なぜ解脱に種類、というか格差があるのか。

この世の生き物はみな輪廻の輪から逃れられず、死んだら生まれ変わる。
この世の多くは苦なのに、死んでも逃れられないから、仏教はこの輪廻の輪から出ることを目的とする。そして輪廻から出ることを「解脱」という。

釈尊(ブッダ、お釈迦様)は解脱して、如来になった。
如来は、神やほかの菩薩よりもさらに上の存在で、自分の世界すら持っている最高位の存在。

一方、阿羅漢(釈尊の弟子や高僧、祖師など)も悟りを開いて解脱したはずなのに、如来ではない。
自分の世界も持っていないし、自分の教え・悟りではなく、釈尊の教えを守り伝えるだけ。
どうして同じ解脱・悟りなのに、こうも扱いが違うのか。

この疑問を、スクーリングのときに講師に聞いた。
そしたら、「精進しなさい」だったか、よく覚えていないけど、ちゃんと答えてくれなかった。
お寺で住職さんに質問したなら、直接答えないで、はぐらかしたり遠回りなことを言ったりするのも、わかる。仏教っぽいし。
でも、大学に学びに来ていて、講師に聞いたのに、この答えは。
とってもがっかりした。
この本を読めとか、きっかけひとつでも答えて欲しかった。


それから1年と少し、ほとんど何もせず、プライベートでとても大きな出来事もあり、自分が在籍していることすら忘れていた。
というかどうでもよくなり放置。
除籍通知が届いた。


その出来事とは、愛犬の死だった。
最期の瞬間まで必死に生きていた彼に、僕はがんばって生きると誓った。
そして、残りの人生を、なにか動物たちのために使いたいと思った。

でも、プラプラと適当に生きてきた僕にとって、いろいろな事から逃げて逃げて生きてきた僕にとって、人生の流れを変えることはとても難しかった。
そのまま状況にただ流されて、月日が流れていった。


それからおよそ3年後、僕は法律の勉強を始めた。
といっても学校とかではなく、独学で資格試験。
まず宅建を受けて合格、1年後の行政書士試験にも合格。
法律の勉強は楽しかった。

僕はコミュ障で、人見知りで、人が苦手。
動物を直接助ける活動は難しそうだった。
だから、法律や政治の面から、動物のためになにか出来ないかと考えた。

必然的に見えてくるのは、弁護士になることか、政治家になること。
小さな活動すらできないのに、政治家にはなれない。
弁護士は、試験にさえ受かれば誰でもなれる。
司法試験を受けるか。

僕は、ここでも逃げた。
無知で無学で、高卒フリーターで、世間のこと、社会のこと、何も知らない。
まともな常識やビジネスマナーすら知らない。
そんなのが弁護士になっても、なにができる?
そんなことを言い訳にして、僕は大学に行くことにした。

弁護士という目標からは明らかに遠回り。
大学は最低でも4年、4年もみっちり勉強すれば十分司法試験も合格ラインとなる。
でも僕は、司法試験という最難関の試験に落ちて、自分の限界を突きつけられて、挫折するのが怖かったのだろう。
挑戦しなければ挫折もない。
無知で無学な弁護士なんて誰も頼らないしなんの役にも立たない、だからまずは大学で学ぶ、と言い訳にして、再度大学に行くことにした。


選んだ大学は、通信制では日本最難関。
大卒資格ではなく、学びに行くのだから、一番難しいところでしっかりと学びたい。
結果的には、多くのことを学ぶことが出来たし、政治や法のこともある程度はわかるようになった。
でも、卒業まで14年。今では、弁護士になるという気持ちもない。

僕は、自分から逃げるために大学に行った。

コメント

しろんこちゃん さんの投稿…
逃げるってことばから物語を全部はがしちゃえば
「そこから距離をとる判断をした」っていう
ただ「行動の選択」なんじゃないかな

そこに留まらないっていうことと本当の意味はおなじで
あとから自分が貼ったラベルは、もう気にしないでいいと思う

その時、その時、必要な距離をとる判断をした
熱いものから手を引っ込めても、だれも恥だと思わないでしょう

過去の判断が今につながっていて
もし、今がとてもきらいじゃなければ
それはぜんぶ、少なくとも大間違いじゃない選択だったんだと思う

気持ちだって時間が経てば変わる

時間が癒したり、こだわっていたものがどうでもよくなったり
そういう時間薬もあるかもしれないけど
経験や知識から別の視点ができて、判断を変えることもあるし
記憶には限界があるから、ただ忘れちゃうこともあるし

英語のようにフラットでいたいね
walk away
別の方にいっただけ