なにか、ただぼんやりと、ベジへ
僕はベジタリアンだ。
ヴィーガンではない。
いわゆる、ゆるベジ。
ゆるいベジタリアン。
エキスが入っているくらいはしょうがない。
魚もたまに食べる。
乳製品も食べる。
チーズも食べる。
卵も食べる。
これは、ベジタリアンの分類では「ペスカタリアン(ペスコ・ベジタリアン)」と呼ばれる。
いわゆる「肉」だけを食べない人。
でも厳密には、肉エキスOK、であればベジタリアンではない。
ので僕は、厳密にはベジタリアンじゃない。
でもまぁ、とりあえずはベジだということにして話を進めよう。
最後に食べたお肉は、豚の角煮だ。
32歳の夏、僕は西新宿にあるスポーツバーへと行った。
当時副業として少しだけ携わっていたビジネスのリーダーの自宅で打ち合わせを終え、その人たちに連れられて、近くにあったその店に繰り出したのだ。
その人たちはマイダーツを持っていて、その店でよくダーツをやっているらしかった。
僕にとっては初めてのスポーツバー。
スポーツは興味ないし、ダーツも興味ない、お酒も飲まない。
当然無縁の世界だった。
お店は地下にあって、薄暗いけど意外と広い。
僕たちはダーツのある席につき、ドリンク(僕は烏龍茶)をオーダーした。
しばらく付き合いでダーツを楽しんだあと、リーダーが食べ物をいくつかオーダーした。
リーダーから手渡されたのは、深い瑠璃色の小さな小鉢に入った、ひと切れの豚の角煮。
僕は豚の角煮という食べ物を食べたことはあるけれど、あまり馴染みがなかった。
でも別に嫌いなわけではないし、渡されたので普通に食べた。
「あぁ、もういいかな」
僕はその副業と、肉を食べるのをやめた。
なぜその時ふと思ったのか、理由もきっかけも、何ひとつわからない。
味はよく覚えていないけど、不味かったわけではない。
完全アウェーなスポーツバーの雰囲気が嫌だったのか。
倫理観に疑問を感じる副業の人たちが嫌だったのか。
でもそれが「肉」につながる要素はまったくみつからない。
だけども確かに、僕はそれ以来肉を食べていない。
杉並区の南阿佐ヶ谷と浜田山の間くらいに住んでいた僕は、黄色いクロスバイクをゆるゆると走らせ、家路をたどった。
生ぬるい夜風を感じながら考えたんだ。
「どうして、もういいと思った?」
副業のほうはどうでもよくて、もちろん肉のこと。
そしてたどり着いた「殺せないな」という感覚が、しっくりきたんだ。
「僕は豚を殺せない。解体もできない。」
技術的な意味ではなく、心情・感情といった面で。
自分では絶対にできないのに、どこかで誰かが代わりにやってくれたその成果だけをいただく。
なにか、おかしいな、と思った。
わずかに残る台湾にいた頃の記憶に、鶏がぶら下げられた屋台や、道端で解体される豚の光景がある。
でも、僕にはできない。
獣だけではなく、鳥もできない。殺せない。
魚は、人生で一度だけ、釣りをして、釣った魚をさばいて、焼いて食べたことがある。
だから、できる。
「あぁ、これかな」
僕は、僕が肉を食べない理由を、後付けした。
何人かの人に話した、僕がベジタリアンになった理由は、実は後付けなんだ。
本当の理由は、自分でもわからない。
本当の理由は、
「なぜかあのときそう思った」
から。
「何かただぼんやりした不安」により自ら命を絶った芥川龍之介。
人生を変えるーーあるいは終わらせるーーきっかけは、そんななんだかわからないもの、なのかもしれない。
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