暴走少年 後編
ヨロイ君やジャガ君のほかに、後輩の1軍ヤンキーだった中3なのにパンチパーマという中君という子がいた。僕はなぜか彼には好かれていたのか、都合良く使われていたのか、ひとりでもよく遊びに来た。15歳なのになぜか原付でよく現れる。「セ”ン”パイ!」と酒焼けしたような枯れた声で呼んでくる。
彼ともう一人後輩のヤンキーと3人で、隣町のパルコに出かけたことがある。なぜだか、なにをしに行ったのかもまったく覚えていない。
3人で歩いていると、前方からいかにもヤンキーな2人組が歩いてくるのが見えた。横目で後輩たちを確認すると、ヤンキー漫画や映画でみるようなチンピラそのもの。上から下からなめ回すようにガンをくれている。向こうからくる2人も同じようにわかりやすい動作。何かヤンキー界にマニュアルでもあって、日々練習でもしているのだろうか。
僕は出来るだけ見ないように、でもビビっているわけではなく「あー、まだその段階か。もうそういう子どもなの卒業したんだよね。俺。」と見えるように澄まして歩く。もちろん内心ではとてもとてもビビっている。「やめてー!頼むからそういうのやめよう!」と心の中で後輩たちにお願いをしている。
願いが通じたのか、幸いにしてこのときは、すれ違うだけで何も起きなかった。心の底から安堵した。もちろん後輩たちには、僕がチンピラを卒業したわけではないことは筒抜けだったはずだ。おそらくヤンキーではないけど真面目ではない、全然怖くないちょうどいい先輩、という位置づけだったのだろう。
以前この不良少年たちのなかで、進学したのはジャガ君ひとりだと言ったけど、進学だけならもうひとりいた。
頭のネジが外れた筋金入りの一軍ヤンキーの筋金君。
彼は野球の名門校へ推薦入学して寮生活をしていたけど、数ヶ月で辞めて帰ってきた。
この筋金君は、前のエッセイで「人の目を傘で突ける奴」と表現したような本当におかしい人間のひとりだ。野球の名門に入れるだけあって背も高く体格も立派。顔もイケメン。中身は人の痛みが分からないサイコパスな不良。
なぜかこの人も僕のところによく遊びに来た。しかも遠慮がない。自分が遊びたいから来る。こっちの都合は関係ない。
あるとき、僕たちはセブンイレブンから徒歩3分くらいの駐車場で数人で話していた。何を話していたとか何をしていたとかは覚えていないけど、不意に筋金君が僕に「おにぎり買ってきて」と。僕は普通に「自分で買ってきなよ」と言い終わる前に、拳が飛んできた。一瞬なにが起きたのか分からず、少ししてから僕は筋金君に殴られたのだ、と気づいた。驚いただけでそれほど痛くはなかったので、軽く殴った程度なのだろう。でも鼻血が出始め、一緒にいた先輩が車からティッシュを出してくれた。先輩も筋金君には何も言えない。ヤンキーは友だちや仲間でもヒエラルキーがあり、暴力に躊躇がないネジが外れた奴は頂点なのだ。僕はおにぎりを買いに行った。
またあるとき、筋金君が僕の家に遊びに来た。
僕は友だちを家に入れた事なんてなかった。だって貧乏で子だくさんで自分だけの部屋なんてないし。マンションの5階で3LDK。6畳の1部屋は妹たち。もう一部屋は大きめで8畳くらいの部屋にパーテーションで区切りをして、母・弟・三兄・僕。最後の小さな4.5畳の部屋が次兄。
次兄はほとんど家にいなかったから、次兄の部屋を借りて、しょうがなく筋金君を家に入れた。この部屋は国道に面していて、窓から下をみると車がいっぱい走っているのが見えて、歩道を人もポツポツ歩いている。筋金君は何を思ったのか、エアガンを取り出し通行人を撃ち始めた。僕は怖くて止めることが出来なかった。「ラーメン食い行こう」だったかなんかで気をそらし、なんとか止めさせた。
パンチパーマの後輩や、ネジが外れたヤンキーが勝手に遊びに来る。完全に拒絶するのも何をされるか分からず怖い。ストーカーされる気分をちょっと味わった経験で、特に筋金君は僕が不良少年たちと縁を切る大きなきっかけとなった。
ちなみに、それから10年以上が経ってから聞いた噂によると、筋金君は解体屋をして解体した家屋から集めた小道具や建具をおしゃれに売る事業に成功し、大きな家を建て綺麗な奥さんをもらい当時セレブがこぞって乗った最新のハマーを乗り回していたらしい。
話が変わりヨロイ君の家は工務店で、庭兼工場の隅にある離れが彼の部屋だった。家から離れているので、不良たちの恰好の溜まり場になっていた。常に誰かしらいる。自分の部屋がこんなだったら絶対無理、家出しちゃうと思ったけど、社交的な彼は平気だったようだ。彼も本当は嫌だった?
ヨロイ君はいわゆる二軍ヤンキーだし、僕はヤンキーですらないカースト底辺。溜まっているのは主にそんな本当の不良じゃ無い中途半端な人たちばかりだったけど、たまに筋金君のような本物も遊びに来ていた。で、彼らが帰ると愚痴が始まる。本人がいるところでは絶対言えない。でも「もう来ないでくれ」とも言えない。そんな不良たちの関係性がとても嫌だった。
あるときいつものように溜まっていると、「今日デカい集会あってそろそろそこ通るらしいよ。見に行こうぜ!」と誰かが言った。集会というのは暴走行為の事だ。道路まで見に行ってしばらくすると、数台の暴走族が通る。そのうち1台が近づいてきた。ヨロイ君たちの先輩らしい。
「お前らも来い!」
僕たちも暴走に強制参加させられることになってしまった。
僕は大事にしていたアメリカンバイクで走り暴走族と合流することに。
その数台はまだ合流前。本体に合流すると数十台の集団であった。
「見てもらったら分かるとおり、暴走族のバイクと全然違いますよね?むしろおじさんが乗るようなアメリカンバイクですよ?」と内心思いながらも何も言えない。
それどころか、「お前ら免許持ってんだろ。ケツモチやれ!」と無情なオーダー。
ケツモチというのは暴走集団の一番後ろを走ること。パトカーが来たら一番後ろで邪魔をする。もちろん一番逮捕されやすいし危険でもある。
僕は暴走なんてしたくないし、捕まるのも嫌だ。
でも怖い。
およそ10kmくらい先の郊外にあるちょっとした観光地の駐車場まで、暴走族の一番後ろに付いて走る変なおじさんバイク、という状態が続いた。
何十台も暴走族が走っていたのになんで警察来ないの?と思いながらも、幸いにして?警察が来ることはなく、目的地に着いた。もちろん着くまでそこが目的地だなんて知らなかったけど。そこで暴走族の方々は何やら集まっている。僕たち強制徴集されたモブたちは出来るだけ離れた隅っこで「もう帰ってもいいのかな…」と小さくなっていた。
そんな不良少年たちとの交流は2年くらい続き、僕はついに罪を犯すことになる。道路交通法違反も立派に罪だけど、それはノーカウントとして。
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