走るコミュ障 自転車編

ランニングを始めた頃の僕は、自宅アパートから職場のある高円寺まで、ママチャリで通っていた。
大都会に引っ越してきたのにも関わらず、わざわざ重いママチャリを買ったのだ。
茶色くてちょっと丸っこくてカワイイママチャリ。
クラシカルな昭和テイストのアパートにはやたら似合っていたけれど、東京の町にはあまり似合っていなかった。
あるとき、いつも通りチャリチャリ通勤した僕は、お惣菜屋さんに立ち寄った。
当時は、高円寺駅横の高架下にある東急ストアの隣に、小さなお惣菜屋さんがあったのだ。1パック詰め放題のビニール容器にお惣菜を限界まで詰め込んだ僕は、意気揚々と店を出た。
自転車がなかった。
「違法駐輪を撤去しました」の張り紙…
たった3分!たしかにお店の前に停めた。駅周辺は全部駐輪禁止場所だとか。停めた僕が悪い。
返還費用3,000円…
詰め放題が高給惣菜に変わった。
東京は厳しかった。

それから2年くらいたち、社会を彷徨っていた僕はブラック企業に正社員として就職した。
場所は虎ノ門。
満員電車なんて絶対乗りたくない。
満員電車のバンザイはえん罪対策でありギブアップでもある。
特に若い女性が近くにいると逃げたくなる。
もうお手上げだ。怖い。
電車というものは、ただでさえパーソナルスペースが小さくなる。
領海(約22km)だけではなく排他的経済水域(約370km)くらいは他者との間を空けていたいのに、満員電車ともなるとダイオミード諸島(約4km)くらいくっついてしまい、軍事的?緊張が増加する。真冬には海が凍り付き、アメリカとロシアが歩いて渡れてしまうのだ。満員電車の距離感はそれぐらい恐ろしい。
それどころか、足を踏まれる。なんか凄い押される。身動き取れない。他人とくっつく。ひとと関わりたくないのに、関わらざるをえない。しかもネガティブな状況で。コミュ障にとって、満員電車は避けなければならないもののひとつだ。
ところで、以前雪駄で電車に乗ったら、踏まれそうになるのが怖くて仕方が無かった。多くの女性がサンダルみたいなので電車に乗っているけど、どうして怖くないのだろう。

電車とは比べものにならないくらい、自転車は移動することなら最高のツールだ。
都内なら電車と変わらない時間で目的地に着ける。
しかも、電車というよそ様の世界に入らず、自分だけの世界で完結できる。

通勤の話しに戻ろう。
住んでいた浜田山から虎ノ門まで、電車だと片道およそ1時間弱。
自転車でもおよそ1時間。約14kmの道のり。
試しにママチャリで走ってみた。
善福寺川沿いの緑地を快適に走り、永福町を抜け、甲州街道を渡り、代々木上原を横目に通り過ぎ、代々木公園横の急坂へ。
無理。
ママチャリ重い。
自転車を降りてへいこら坂を登り、代々木公園で一休み。
カラスの合唱を聴きながら、軽くていい自転車を買うことを決意し、引き返した。

次の休みの日、僕は井の頭通りを下り、吉祥寺の手前にある「サイクルベースあさひ」さんへ。
事前の下調べにより、「ロードバイク」は本気のやつで、通勤用にはオーバースペック。僕が狙うは「クロスバイク」と決めていた。
その中でもお金がないから一番安いやつ。
店舗に並ぶ中からよさげなのを選んだ。
だけど色がしっくりこない。
せっかく大都会東京を颯爽と駆け抜けるシティーボーイ(おじさん)になる予定なのに、色が地味過ぎる。
聞くと、違う色の取り寄せもできるらしい。
僕はカタログの中から黄色をチョイス。
さらに、クロスバイクってやつは通勤用なのに泥よけが付いていない。
荷台もない。
バックミラーもライトもない。
オプションであるらしいので、それらも追加してもらい、後日取りに来ることになった。
総額およそ4万円ちょい。
たかだか自転車に4万。
ママチャリ君は1万くらいだったのに。
フリーターの僕にとっては、それなりの覚悟がいるお値段。
電車賃と比較して、5ヶ月も通えばこの4万円をペイ出来る、と自分を納得させた。
そして約束の日が訪れる。
僕と茶色いママチャリとの最後のサイクリング。
ドナドナを口ずさみながら、井の頭通りを走った。

初めて乗ったクロスバイクは、なんというかとっても軽くて速かった。
しかも全然疲れない。
こんなにも違う世界だったのかと驚愕した。
走行中にママチャリのつもりでちょっと目を離すと、予想以上に進んでしまっている。
危うく路駐の車に突っ込むところであった。
僕は気を引き締めてペダルを漕ぎ、井の頭公園でプラプラしてから帰宅した。

自転車通勤を始めてしばらくたつと、狭い道が多いことに気がついた。
タクシー運転手時代も東京を走ったけど、自転車側として初めて気づくことも多い。
路駐も多い。
もうちょっと通りやすくならんかな、と思った僕は、ハンドルの横幅を短くすることにした。
これでも一応は国家資格二輪整備士。
整備士時代には、米軍基地内のスーパーで自転車整備も経験済みだ。
工具を買ってきてサクッとハンドルの両端をカット。
より快適になった。

それから僕は、黄色い自転車で走りまくった。
行動範囲が劇的に広がった。

通勤では、ママチャリで断念した代々木公園横の急坂も、スイスイ…とまではいかないけど、立ち漕ぎでクリア出来る。表参道の地味にきつい長い坂を上り、青山霊園を横切り、東京ミッドタウン裏の檜町公園でちょっと休憩。人工的な池でちょっと癒やされてから会社へ出勤。自転車通勤はなかなかに悪くないものだった。
休みの日は、ランニングコースにもなっていた善福寺公園、井の頭通りをまっすぐ下って井の頭公園。どちらもちょうどいい距離にある目的地となった。
世田谷の二子玉川近くにある静嘉堂文庫さんと、五島美術館さんにも、たまに自転車で行った。途中にある砧公園や馬事公苑にも寄ってプラプラしていくのがお気に入りだったけど、浜田山からだとほぼ環八を通ることになり、あまり楽しい道ではなかった。
馬事公苑に何も知らず初めて寄ったときはびっくりした。馬がいる!しかもなんか競技をしていたし、普通にその辺歩いているし、緑も豊かで公園としても悪くなかった。
二子玉川まで行けば、多摩川がすぐ近く。多摩川の河川敷にはサイクリングロードがあり、下流に行けば東京湾、羽田空港あたりまで行ける。逆にいけば羽村あたりまで行けるらしい。僕は気持ちよく河川敷を走った。
そして、膝が痛くなった。
痛くてしょうが無い。
もう自転車漕げない。
でも自宅までは20kmくらいある。
帰ることをまったく考えていなかった。
とぼとぼ歩き、たまに頑張って自転車漕ぎ、なんとか帰宅。
ランニングでも自転車でも登山でも、僕は膝を痛める。
ただただ歩くのが一番いい。

その後虎ノ門の仕事を辞め、新宿御苑の近くへ勤めたときも自転車通勤。このときは初台に引っ越していたので、自転車ならすぐ近くだった。
新宿区の駐輪場が新宿3丁目駅の近くにあって、といっても路上に線引いてあるだけだけど。そこを借りて停めていたら、ライトが盗まれた。クロスバイクのライトは自転車に固定されていなくて、ハンドルに仮留めしてあるだけだから、1分もあれば取れちゃう。うわー、東京怖えーなと思い新しいライトを買って付けてたら、次の出勤日の昼休み御苑に行くとき見たら、またなかった。数時間で盗まれる町。そして僕は、土台だけ自転車に固定で、ライト部分は秒で取れるライトを買った。自転車を降りるときは、ライトを外して持ち歩くという面倒くささ。
その後、僕は渋谷で仕事を始め、たまに自転車で通勤するようになった。
ただ、ライトを外して持ち歩くというのが、ADHD気質のある僕には罠だった。朝出勤するときには明るいから、ライトのことなんて頭にないのだ。夜帰るときに自転車にまたがり気づく。
「あ、ライト忘れた…」
無灯火で走るわけにもいかず、自転車を押して歩いて帰るのだった。
もっとも、普段は歩いて通っていたから、それほどの痛みでもなかったけど。

この頃から僕は、あまり自転車に乗らなくなっていた。
初台の自宅から渋谷までは、たまに自転車で行ったけれど、だいたいは歩き。
初台から下っていき、岸田劉生の描いた切り通しの坂を歩き、春の小川の跡地を歩き、代々木公園を抜ける。あとはまっすぐ井の頭通りを下れば会社の近く。ゆーっくり歩いて1時間くらい。ちょうどいいお散歩コースだった。
東麻布に引っ越したときは、駐輪場がある物件を選んだ。でも、自転車をマンションの地下駐輪場から地上に引っ張り出したのは、数えるほどしかない。
図書館行くのも自転車なら速いのに、僕はずっと歩いていた。
自転車は速いし気持ちがいいけれど、やっぱり移動が目的の多くを占めてしまう。
歩くのは、いろいろ考えながらでもいいし、キョロキョロ周りを楽しみながらでもいい。
膝痛くないし。
やっぱり歩きがいいね
走るコミュ障は、歩くコミュ障に戻ったのだった。





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