富士山に登る

「そうだ、富士山に登ろう」
思い立った僕は、富士山に登った。
「せっかく日本に生まれたんだし、一生に一度くらいは富士山登るか」
と、わけのわからないことを考えた僕は、富士山について調べた。
真夏であっても山頂はとっても寒いらしい。
手持ちの服の中で最も暖かい服、といってもスキーもしない雪国にも行かない僕は、たいした防寒着を持っていない。普段着ている上着と、重ね着で対応しよう。あと、念のために持っていたエマージェンシーシートを持っていくことにした。
靴は走る用に買ったランニングシューズだ。
リュックもあるやつでいいか。
と、何の追加購入もせず、あり合わせの装備で登ることにした。

誕生日前日の夕方。
電車とバスで富士山の五合目までワープ。
夕方から登山を開始して、ご来光を山頂で迎える定番プランだ。
確か須走口から登り、山頂でお鉢巡り。
下りは宝永火山によってから、大砂走りを走って御殿場口へ下山。

もちろんソロ活なので、適当に自分のペースで登り始める。
周りはひとがいっぱい。
数人グループが多いけど、中には僕と同じようなソロの人もいる。
アジア系の外国人らしき人たちが多く目に付いた。
深夜登山だけど満月に近く天気が良かったこともあり、それほど暗くはない。
でも木々も生えていてやはり暗いので、懐中電灯を頼りに登っていく。
ある程度登ると、人影もまばらに。
森林限界を超えてはげ山になってくる。
上をみると山道に沿ってライトが点々と灯っていて、少し幻想的。
あのひとつひとつが登山者だ。
まだそこそこ若かった僕はペースが速いのか、前の人たちを抜いていく。
「お先に」と心の中で声を掛けながら。
じきに山小屋が見えてきた。
賢い人は前日明るい内に登り、山小屋で一泊。朝早く起きてご来光を山頂で迎えるらしい。
もちろん僕は立ち止まらず、そのまま山頂へ。
幸いなことに高山病にもならず、元気に到着した。
山頂らしきところについたのはまだ3時前。
ものすごく寒い。
持ってきた服を全部着込んでもまだ寒い。
途中山小屋のあたりで、軽装で登ってビニールガッパを着て震えているソロ活っぽい人もいたけど、大丈夫だろうか。
予想よりはるかに寒い。
しかも風が強くて、体感温度はさらに寒い。
僕は震えながら山頂らしきところを歩き、ちょっと砂丘のような、風を遮れるところに横たわり、エマージェンシーシートを身体に巻き付けた。ここにいるよアピールで懐中電灯もつけたまま。1回、僕の近くにきたグループが僕に気づき、ギョッとして立ち去っていったから。
スキーもしないし冬の雪国にも行ったことがない僕は、当時も今も人生で最も寒い体験をしたのが、富士山山頂の夜だった。
ご来光までの2時間、寒さに耐えて待ち続けた。
寝たら死ぬかもしれん。よく聞く雪山で「寝るなー」ってやつ。あれは本当だ。

大空のかなたに闇が消えていく。
もうすぐご来光だ。
エマージェンシーシートを片付け、再起動した僕は人が多いところからちょっとはずれ、ご来光を迎える。
雲が多かったけれど、太陽で色づく雲のおかけで、さらに幻想的な夜明けとなった。
快晴だったら、綺麗な太陽が見えたのだろう。
でも、さらに雲があったことで、その時にしか見えない偶然の芸術が生まれた。
余計だとか邪魔だとか言われるものも、時と場合によっては、絶妙なかけがえのないものとなるのだ。
もっとも、雲や雨で覆われてしまってはご来光もなにもないけれど。それでも、見えなくても雲の向こうでは確かに陽が昇っている。
そういえば、僕はあの闇の中で歩きながら、32歳になったのだ。

陽が昇り明るくなった富士山頂は、草木も生えず岩だらけ。
火口が大きな口を開けている。
これ、夜中歩き回っていたら、落ちたのでは?
火口の縁をぐるっと回る定番のお鉢巡り。
太陽の反対側には、富士山の巨大な影が下界に映っていた。
下りは楽ちん。
登りよりずっと速い。
途中、宝永火山に寄っていく。
富士山が江戸時代に噴火したときの火口だ。
なんかこっちのほうがかっこいい。
そして大砂走り。
砂だらけの急な斜面を、延々と走り降りる。
下山はあっという間だった。

結局僕は、始めから終わりまで、ひと言も発しなかった。
こうして僕の一生に一度の富士登山は終わりを告げ、僕の新しい年が始まった。




コメント