走るコミュ障

杉並でアパート暮らしを始めた僕は、いつの日か突然、走り始めた。

アパートを出てすぐにある善福寺川沿いの遊歩道を、源流に向けてひたすら走る。
自然豊かな景色がコンクリートの狭い道になり、荻窪を越え、環八を横断し、豊かな水をたたえる善福寺池へ。
往復約10km、ペラペラ靴底のスニーカーと普段着で。
身体を動かして、汗をかいて、なにかとても気持ちが良かった。
モヤモヤした気持ちも晴れ渡った。
30年ちょい生きてきて、初めての経験だった。
また走ろう。
でも、足が痛い。
とても痛い。
僕は、形から入ることにした。
いや、もう先に走ったから、形からじゃないのか。
とにかく、ランニングシューズを買おう。

初めて運動用の靴を買う。
ネットでは無理だから、スポーツ用品店に向かった。
小さな店舗はダメだ。店員さんとの距離が近すぎる。
大きなスポーツ用品店を目指し、僕は新宿に向かった。
新宿新南口の赤い看板の目立つビル、ビクトリアに入った。
当時はニューマンのような綺麗なビルはなく、あの辺はとてもごちゃごちゃしていた。
ごちゃごちゃした町を抜け、スポーツ用品店なんてほぼ初めての僕にはごちゃごちゃわけのわからないものが並ぶお店の中をさまよい、コミュ障を押しのけなんとか試し履きを敢行し、mizunoのランニングシューズを手に入れた。
そして僕は、また善福寺川を走った。
足が痛くない!
でも服装がダメだ。
ランニングウェアはAmazonでポチった。

こうして僕は、ランナーになった。
ただ独り黙々と走る、孤独なランナーだ。
仕事から帰ると、そのまま着替えて靴を履き替えて走る。
薄暗い川沿い、コウモリが頭の上すぐ近くを飛び回り、蝉時雨が響く中を。
元気な日は、善福寺池を巡り戻ってくる約10kmコース。
今日はちょっとでいいやって日は、反対側の下流方面に走り、カワセミがいる池を横にみながら、大宮八幡宮へ。往復3kmくらいのコース。
気分によっては途中で引き返したり、原っぱや湖畔でぼーっとしたり。
自分が走るなんて考えて選んだアパートではないけれど、ランニングをするには最高の場所だった。

走って走って走った。
すると、膝が痛い。
コミュ障ランナーには、当然ランニング仲間の先輩やコーチなどいない。
運動部も体育も敵だったのだから、走り方なんて知るわけない。
ただがむしゃらに走っていた僕は、膝が痛くなり始めた。
ランニングシューズを履いても、膝は痛くなるらしい。
膝に優しいシューズや、膝に故障がある人用のシューズもあるらしいけど、当時情報源がない僕はそんなこと知らない。
医者に行くなんて考えもしなかった僕は、Amazonで膝サポーターを購入した。
そして膝にサポーターを巻きつけ、「あれ、なんか僕アスリートじゃない?」と、「身体の故障をおして頑張るアスリート」を模擬体験し、なぜだか少し嬉しくなりニヤリとした。
サポーターに効果があったのかどうかはわからない。
走ると膝が痛い。
でもまぁいっか、と頻度を下げたり、痛くなったら歩いたりで、走ることはやめなかった。

32歳になった夏、僕は「せっかく日本に生まれたんだし、一生に一回くらいは富士山登るか」と思い立ち、富士山に登った。
33歳になった夏、僕は「一生に一回くらいは、登山してみるか」と思い立ち、丹沢を縦走した。
そして34歳になる夏、僕は「一生に一回くらいは、フルマラソン走ってみるか」と、その頃世間に定着し始めた「東京マラソン」に申し込んだ。
落選した。
抽選倍率は8倍くらいあったらしい。
落ちて当然。
来年は受かるか、と思い、僕はまだ走り続けた。
翌年、僕はまた東京マラソンに申し込み、落選した。
走るのやめた。
僕の目的は、いつの間にか「走る」ではなく「東京マラソンを走る」にすり替わっていたらしい。
孤独なランナーとか聞いてあきれるぜ。

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