山に登るコミュ障
富士山に登った翌年、僕は調子に乗った。
33歳になった夏、僕は「一生に一回くらいは、登山してみるか」と思い立ち、丹沢を縦走したのだ。
シューズはランニングシューズ。
バックパックは、結局やらなかった通勤ラン用に買ったやつがある。
登山用品のプラスチックの水筒も持っている。さらにペットボトルの水も持って行く。水の大切さは身に沁みてわかっている。
エマージェンシーシートもある。
行動食にカロリーメートのフルーツ味。
日帰り登山なら十分な装備だ。
山の知識もない、聞く人もいない僕はネットで調べた。
どこから登ってどこを経由してどこに降りるのか。
入山届とかいうのを出すのかな?と思ったけど、まったくやり方がわからなかった。
そして、朝早く初台の自宅を出て、電車とバスを駆使し、登山道入口にやってきた。
『焼山登山口』
焼山、凄い名前だ。
ここにはヒルが出る。
映画『スタンド・バイ・ミー』で出てくるあの、ヒル。
血を吸う。
沼に入った少年たちの身体、パンツの中にまで侵入する黒くてテラテラしてヌメっとしてて大きなあいつだ。
僕は山に登る前に調べていた。
ここに出るのは「ヤマビル」。
え?沼の中じゃないの?
しかも小さい。
細長くてマッチ棒もないくらい。
イメージと違う。
水場でもないし大きくもないしでっぷりともしていない。
あの映画で世界中の少年たちの顔を歪めたヒルが、小さい上に陸上だなんて…。
でも血は吸う。
モンスターだ。
楽しみ。
対策もいくつか書いていたけど、よくわからなかったのでスルーだ。
登山口に注意書きの看板がある。
「ヤマビル注意。下山するときは絶対に持ち出さないように注意しよう」みたいなことが書かれていた。ヤマビルの生息域を広げないためだね。気をつけます。
そして僕は、山に登り始めた。
焼山を登りはじめてしばらくすると、僕は足の違和感に気がついた。
少しだけ、チクっとした。
足を見ると、靴下に血がにじんでいる。
キタ!
しゃがんで見てみると、黒焦げのマッチ棒のような、小枝のかけらのような、黒い細長い物体が、いくつも足にくっついている。
スタンドバイミーでヒルに憧れを持っていた僕は、正直少しだけがっかりした。
モンスターには見えない。
ただの蚊とかわらん。
でも、いつの間に来たのだろう。
まったく気がつかなかった。
たぶん吸血が下手くそなやつがいて、そいつがチクっとしたせいで気づいたけど、ほかのやつらには気づかなかった。
いつの間にか食いついていて、ここで取っても切りが無さそう、と思ったクレバーな僕は、そのまま気にせず登山を再開した。
しばらく登っていき山頂近くかな、と思うあたりまでくると、少し開けたところに鉄塔があった。山の上なのに津波避難タワーのような、鉄骨と鉄板を組み合わせた無骨な古い何か。登れるようになっている。なんとかは高いところに登りたがるの例に漏れず、僕もそこに登った。そこは床も鉄板で出来ていて、新たなヒルがくる可能性はなさそうだ。僕は、ここでヒルと向き合うことにした。
靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、ピンピンッと指ではじいて取っていく。正しい取り方があるらしいけど別に気にせずはじいていく。どうやって靴下の中に潜りこんだのだろうか。
枯れ枝のような細いのから、ナメクジかな?くらいの太いのまでさまざま。ナメクジタイプは理想とするヒルの姿にちょっと似ている。
そして最後の一匹。
あのナメクジタイプは、血を吸った後の姿である。と仮説を立てた僕は、マッチ棒のようなそいつを観察することにした。
蚊と一緒だ。奴らが僕の血を吸う一部始終を観察したこともあるけれど、お腹がどんどん膨らんで血が透けてお腹も赤くなっていく。
仏の手のひらで踊らされていることにも気づかないそいつは、懸命に血を吸っているようだ。吸われている実感はないけれど。みるみるまに太くなり、ナメクジタイプへと変わっていった。
仮説は正しかったと証明され満足した僕は、ヒルに飽きた。足は、血まみれだった。
丹沢縦走というのは、丹沢山系のいくつもの山を主脈に沿って歩くことをいう。
走るって書いてても走らないけどね。
主な山は、「焼山」「蛭ヶ岳」「丹沢山」「塔ノ岳」。
それぞれ山頂まで登り、次の山目指して下って、また登って次の山頂へ。
当たり前だけど登るのはきつい。心臓と肺を試される。
下るのは楽。だけど膝や足腰にくる。
登ったり下ったりが続き、とにかくきつい。
なんでこんなことしてるんだろう…
はぁ、つらい。
とヨボヨボと登っていくと、パァーっと開け遠くまで見渡せる。
ほー。
登って良かった。
つらい想いをしたかいがあった。
ということを繰り返し、いくつもの山を登る。
山頂付近には山小屋があって、他の登山者の姿も見える。
登山道で人を追い抜いたり、すれ違うときには、コミュ障の僕でも「こんにちわー」とぼそっと言う。雑談になんてなったら怖いから、立ち止まらず目を合わせず足早に過ぎ去るけど。
でも山小屋付近は開けていたので、特に挨拶もせず、ちょこんとなんとなく頭を下げたかな?程度の対応をして、ちょっとプラプラした。
山小屋の裏のほうにまわると、突然、目の前に大きな雄鹿があらわれた。
同じ鹿のはずなのに、見慣れた奈良公園の鹿よりもはるかに大きく、神々しさすら感じてしまう。
いや、突然現れたのは僕の方か。
ここは、あなたたちの領域なのだから。
いくつものピークを越えた僕は、いよいよ下山ルートに入った。
そして、残念なことに、身体の方もピークを迎えていた。
特に膝。
下りは膝への負担がとても大きい。
膝が痛い。
僕は膝が弱い。
ランニングをしても、サイクリングをしても、まず膝が痛くなる。
登山でもそうだった。
1歩1歩、だましだまし歩きながらなんとか下山。
文明の象徴、アスファルト舗装の道路にたどり着き、無事生還を果たした。
すでにあたりは暗くなりはじめている。
バス停にたどり着くと、最終バスがギリギリだった。
あと少しで、野宿。
まぁ夏だし、野宿しても死にはしないけど、疲労がピークだ。
バスに乗れてよかった。
駅では階段をゆっくりゆっくり一段一段歩き、いつもはスタスタ歩きながら横目でスルーしていたお年寄りたちの気持ちが、少しだけわかった気がした。
こんなにつらかったのか。
できるだけ優しくしよう。コミュ障だから「できるだけ」の範囲がとても狭いけれど。
そして我が家へ帰り着くも、この初台のマンションは4階でエレベーターがない。
最後の力を振り絞り、4階まで上がるのに10分くらい時間をかけ、僕の登山はゴールを迎えた。
山登りをしていると、肉体的にはとてもつらい。
汗をかいて身体を動かして、気持ちがいいというのもあるけれど、つらさの方が大きい。
ではなぜ登るのか。
僕は、山にいるとき、同時に自分の心の中を歩いているような感じがしていた。
ランニングでも似たような感じはあるけれど、山は物理的にも孤独だ。
都会の孤独とは違って、本当にまわりに人間がいない。
気を抜けば、容易に命も失う状況。
そんな状況で、思索の旅に出る。
なにか、哲学的な事を考えているわけでもない。
そのとき考えていたことなんてすぐに消えて、当然覚えていないけれど、何か考えていたことだけは覚えている。
内省、とも少し違う。
山に登る前と後とで、自分のなにが変わるわけでもない。
ぼーっとお散歩の、深い版。
富士登山と丹沢縦走を終えた僕は、1年か2年に1回、夏になると山に登った。
深い版お散歩のためであって、登山を趣味としたわけではないから、有名な山とか、あそこに挑戦しようとか、一泊しようとか、冬も登ろうとか、そんなことはまったく考えない。
だから、近場で手頃な山へ。
37歳になる夏、僕は山梨の滝子山に登った。
中央線で行けて、日帰り登山に最適。
僕が好きな滝や渓流も楽しめる。
どこかのウェブサイトに一般向きと書かれていたのに、かなり険しかった。
ルートを間違えそうになるところもいくつかあった。
そして無事山頂へ。
山頂でゆっくりしていると、途中で追い抜いたはずのパーティーが追いついてきた。
再遭遇しないようにと十分引き離したと思っていたのに、ゆっくりしすぎたようだ。
いわゆる山ガール。若い女性の3人組。
そしてあろうことか、「すいません、カメラお願いできますか?」。
こちとらコミュ障やねん!
自分を入れて記念写真も、他人にシャッターをお願いするのも、自分ではやらない行動だから思いつきもしなかった。
自撮り棒なんてまだ普及していなかったし、観光地にありがちなカメラ置く撮影台なんてない。
そりゃ人がいたら使うよね。
「あ、あ、はい。このボタン…。」
挙動不審なおじさんはカメラを構え
「はい、チーズ」パシャ。
微妙な空気が流れた。
僕はカメラを返し、そそくさと下山をはじめた。
下山中は、ぼーっと深いお散歩どころではなかった。
頭の中ではひとり反省会が開催中だ。
「はいチーズってなんだよ!昭和かよ!昭和だよ!」
「若い人たちはなんて言うんだろう」
「なんて言えばよかったのよ…」
「撮りまーす!パシャ でいいんじゃなかろうか」
「次の機会があったらこれでいこう」
「いやでもシンプル過ぎる?あーもーわからん!」
僕が最後に行ったひとり登山の思い出は、ひとり反省会で占められてしまった。
今でもたまに、思い出し恥ずかしいをしている。
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| 実物はもっと威風堂々としてたのに、写真だと… |
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| ヤマビル |
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| 滝子山の険しい登山道 |
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| このあとこの場所で、はいチーズ… |






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