コミュ障は家に帰れない
コミュ障には限らないのかもしれないけど、少なくても僕は他人がいると家に帰ることすら難しいときがある。
東麻布で住んでいたマンションは、それなりに部屋数の多いマンションだった。
管理人さんもいるし、宅配ボックスもあるし、24時間ゴミ出しOKだし、オートロック。
そういうところに住んだのは初めてだった。
オートロックは便利だけど、入室するのに手間が掛かる。他人がいると、オートロックの前で滞留が発生し、気まずい時間が流れる。自分が先に入る場合は、流れるようにスムーズに開けなければならない。宅配ボックスや郵便受けを確認することもできない。そこに他人がいるのだから。
マンションの出入り口は、大きな通りから一本裏に入って大きな通りと平行して走っている裏通りにあった。その裏通りにはお店もなく、他に大きなマンションもない。つまり、ほぼ住人ぐらいしか通らない。
どこかに出かけて夜帰って来ると、僕は表通りを避けすぐに裏通りに入る。そして前方に人が歩いていると、平常心ではいられなくなる。1人反省会やら何やらで忙しかった僕の頭の中は一気に切り替わり、前方の人へと集中する。ただし、直視はしない。探偵に憧れた小学生の頃に読んだ指南書の通りに、直視はせず視線の隅に捉える。見るときは足のかかとだけを見る。視線で気づかれてしまっては大変だから。そして、裏路地にもある十字路にマル対(対象者)が差し掛かると、想いよ届けと念ずる。「曲がれ!曲がれ!」。マル対は曲がらず真っ直ぐ進む。その先には我がマンションしかないのに。いや、まだ可能性はある。マンションを通り過ぎて突き当たりを曲がるのかもしれない。そちらにも家はあるし、別の裏通りに出るルートでもあり、僕もよく通る。僕は出来るだけ距離を空けながら、尾行を継続する。いや、尾行じゃない。むしろいなくなって欲しいのだ。そしてマル対がマンション入り口へと消えて行く。我がマンションに。「くそめ、同じマンションの住人だった!」僕はそのまま真っ直ぐ進み、マンション入口の前を素通りする。横目でマル対を確認し、「あいつ宅配ボックスか。時間がかかるな」と確認。そのまま路地を彷徨い、ぐるっとそこらを一周してくる。ロングコースだ。そして再度マンション前の裏路地へとアプローチ。
また前方に誰かいる!僕はまだ家に帰れない。
もちろん前方だけではない。後ろにマル対がいる可能性も高い。後ろの場合は距離により対応が異なる。距離とマル対の歩行速度。後ろの確認も小学生の頃の指南書の通り、視界の隅で捉える。振り返るのではなく、ちょっと横の家や電信柱を見た風に装い、視界の隅にギリギリ見えれば十分だ。僕は視野がそこそこ広いから、このような業務は得意なほうだ。距離が近い場合は、ケースバイケース。長年培われた経験により、マル対が犯人(マンション住人)である可能性が高い場合は帰宅を諦め、マンション手前の十字路で曲がり、路地を一周してくる。可能性が低い場合は、マンションの入り口前まで進み通り過ぎる。もちろん歩きスマホをしているように装って。そしてマル対がマンションに入らなかったら、「おっと、歩きスマホしていて通り過ぎてしまった」という演技をして戻り、帰宅することが可能だ。
距離が遠い場合は、可能なかぎり早歩きをして、追いつかれる前に帰宅する。歩きながらカギを取り出し、流れるように郵便受けを確認。不在票は後で処理。宅配ボックスなんて見る時間はない。そして素速くオートロックを開錠し、エレベーターなんて使わずに階段を駆け上がる。
コミュ障は、家に帰るのも一苦労なのだ。
外に出る時ももちろん要注意。
幸いにして僕の部屋は廊下の突き当たり。ドアスコープを覗くとエレベーターの前まで見える。
外出前にはドアスコープを覗き、誰もいないことを確認する。特に隣の音には細心の注意を払う。カギを開ける音が聞こえたら待機、3分は外出を遅らせないといけない。
エレベーターはもちろん使わない。あんな小さな密室で他人と一緒になるなど、考えただけで冷や汗が出る。それでもたまにエレベーターに乗ろうかな、と待つときがある。そして上から降りてきたエレベーターに人影があると、「あ、忘れ物」と心の中でつぶやき引き返してエレベーターには乗らない。きっと、誰もいないのになぜかその階で止まったエレベーターという怪異に、上の住人は非日常を味わえたことだろう。
オートロックドアの横には管理人室がある。
管理人さんはいつも同じおじさんで、愛想もよく、できた人物だ。
朝はマンション前の掃除をされているから、管理人さんがいる反対側の道路へ行けば鉢合わせることはない。管理人室にいるときは、息を潜めそうっと通り過ぎる。廊下の掃除とかの場合は、背を向けた瞬間しゅっと通り過ぎる。
対面しても頭をちょこんと下げるだけだし、とてもいい人なのに、なぜこのようにしているのか、自分でもわからない。
歩きながらカギを準備、改札前にSuicaを準備、お会計前にお金を準備、車のカギも事前に準備、コミュ障は常に先のことを想定し、スムーズに通り過ぎることができるように準備をしている。
今はマンションではなく、路地の先にある家に住んでいる。
でもこの「路地の先」というのが良くもあり悪くもある。
表通りに面していないので、関係ない人や車が家の前に来ることはまずない。路地の住民のみだ。これは素晴らしい。
でも外出するときも帰宅するときも、この路地を通らないといけない。これが苦痛。田舎特有のガン見する人たち。挨拶をしようかどうか微妙な関係。
顔を知っているのは路地入口のお宅の奥様だけ。他の人はそこにいるから住民だと思うだけで、顔も名前も知らない。都会なら挨拶なしが当たり前だけど、ここでは微妙だ。
できるだけ、この路地を通りたくない。でも通らないと外に行けない。誰にも会わないで外に出ることができる裏道が欲しいと痛切に思う。好きなお散歩も気軽に行けなくなってしまった。
家に帰れなかったコミュ障は、今度は家から出られなくなった。
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