キリスト教家庭に生まれ育ち 前編

僕は熱心なキリスト教信者の家庭に生まれた。

カトリックではなくてプロテスタントだし、エホバの証人とかモルモン教徒のような新宗教でもないので、それほど厳しい戒律はなかった。
けれど、やはり熱心な宗教家の子どもとして生まれ育つというのは、特に日本社会では、そうではない大多数の家庭の子とは異なることもある。

異なることのひとつとして、子どもの頃に触れるコンテンツはかなり制限される。
宗教関係なく、厳格な親だと同じ制限があるかもしれないけど。
暴力、下品、エロ、悪魔や妖怪。
これらはダメな代表だ。
昭和後期に生まれた僕にとって、周りの男の子たちが親しんでいても僕がまったく知らなかったものがいくつかある。

まず「キン肉マン」。
とても流行ったらしいけど、僕はメインキャラクターの顔がなんとなく分かる程度。
ストーリーや内容は一切知らない。
昔も今も、興味もないけれど。
同じく「北斗の拳」。
これもまったくわからない。

今調べてはじめて知ったけど、これらは「少年ジャンプ」の漫画だった。
1983年に少年ジャンプで連載された漫画の一番人気が「キン肉マン」。
1984年から1986年が「北斗の拳」
1987年から1994年が「ドラゴンボール」
1995年「スラムダンク」
1996年から1997年「るろうに剣心」
1998年からはずっと「ONE PIECE」
だけど2005年だけ「NARUTO」
だとか。
そもそも僕は、少年ジャンプというものを買ったことがないし、たぶんまともに読んだこともなかった。
この中でまともに知っているのはドラゴンボールくらいだろうか。
ドラゴンボールは1984年連載開始らしく、僕は当時8歳。
初期のドラゴンボールは軽い暴力はあったけどコメディーで、バトル漫画ではなかったから、ギリギリOKだったらしい。
アラレちゃんは下品だけどなぜかOKだったみたいで、その流れでドラゴンボールもOKだったのだろう。
「ゲゲゲの鬼太郎」はもちろんだめ。

漫画だけではなく、テレビ番組も同じだ。
ビートたけしはダメで「オレたちひょうきん族」は流行っていたけど見たことがない。
とんねるずは石橋さんはダメ。木梨さんは大丈夫。
「夕やけニャンニャン」も見たことがない。
志村けんや田代まさしもだめ。
でもドリフ「8時だよ」は見たことあるな。

という感じで、キリスト教家庭というのももちろんあるけど、親の趣味がとても大きいのは当然か。
その後くらいから母子家庭になり、母に余裕がなくなり、僕がふれるコンテンツを制限する余裕もなくなり、ある意味いろいろなものが解禁されたともいえる。けどそのときはも10歳くらいで、そういう下品で暴力的なものを忌避する性格はできあがっていたのだろう。
でも「聖闘士星矢」は見てたな。

普通ならこんなにダメなものがあると、学校でみんなの話について行けずに仲間はずれにされちゃう。いじめられちゃう。でも、そんな記憶はない。
だって、学校にはほとんど友だちがいなかったから問題なかった。兄弟たちは大丈夫だったんだろうか。
10代後半とか20代とかもっと大きくなってから、同じ年代の人たちと話が合わなくて「あれ?」と思ったことはある。特に陽キャの人たちはキン肉マンや北斗の拳の話を好んでいたから。

この頃の僕たちの毎日は、ご飯の前には必ずお祈り。
家で食事するときは「主の祈り」を唱える。
しかもこれは母の趣味だったのか、日本語・英語・中国語で3回「主の祈り」を唱える。
英語と中国語はもちろん意味なんてわからず、耳から聞いた音とカタカナの読みで覚えた。
母はたぶん子どもたちが英語を話せるようにしたかったんだと思う。一時期家のいろいろなところに、英語が日本語訳と共に貼ってあった。「hello ハロー こんにちは」みたいなのが手書きで。
残念ながら、その努力は少なくても僕には実を結ぶことがなく、英語にはずっと苦手意識がある。もし裕福な家庭だったら、英会話スクールに通わされていたのかもしれない。
祈りのときには、誰かの友だちが病気をしたり、何か課題があるとそれも神様にお願いする。
例えば「〇〇ちゃんの病気が治り、ご家族に平安が訪れますように」みたいに。
ちょっと大きくなった僕は「あれ?キリスト教は現世利益を求めないんじゃ…」と疑問に思ったものだ。
給食とかだと心の中で簡単にお祈り。
何か緊張するようなことがあるとお祈り。
「天のお父さま、どうかお守りください」みたいに。
精神安定剤みたいなものだったのだ。

毎週日曜日には礼拝があるので教会に行く。
子どもたちは日曜学校。
子どもたちが集まり、一緒に聖書を読んだり、賛美歌を歌う。
4月にはイースター、夏にはキャンプ、そしてクリスマス会。
コミュ障の僕は知らない人とは話さないからか、教会で知り合った同年代の人はひとりも覚えていない。というか交流をもった記憶がまったくない。
きょうだいがいっぱいいたから、きょうだいとだけ交流。家にいるのと変わらない。
でもイベント事は楽しかったというぼんやりとした印象がある。
何回か、自宅で近所の子たちを呼んでクリスマス会を開いたりもしていた。
教会の大人の人たちは、誰かのことを呼ぶのに「〇〇兄弟」「〇〇姉妹」と呼ぶ。
佐藤さん夫妻なら、佐藤兄弟、佐藤姉妹。
牧師さんとか常連さんたちは、みんな穏やかな微笑みを浮かべ、なんというか独特の雰囲気がある。外で知らない人をみても、あの人はキリスト教徒だなってわかるくらい。
人との間に壁がなく、誰にでも話しかけられるその人たちが、尊敬でもあり、嫌でもあった。なんだろう、微笑みが遠いような。同じヒトではないような。そんなイメージがあった。
僕が行っていたような小さな教会だと、ある程度大きくなった子どもーー小学生後半くらいだろうかーーは、大人の礼拝に出席した。
大人と同じように聖書を開き、牧師さんの話を聞き、賛美歌を歌う。
そして献金。
お金を入れるシルクハットを逆さまにして入口を布で隠したような物が前からリレーのようにまわってきて、それにチャリンとお金を入れる。リレーではなく誰かがそれを持ってみんなの前にくる場合もある。
それが始まると母や姉から小銭を渡されて、それをそのまま入れる。今思えばちょろまかしちゃおうとかまったく思ったことがないな。この頃からお金に興味がなかったらしい。

最後にクライマックスの聖餐式。
潰したパンみたいなものの小さな20mm四方くらいのひと切れと、小さな指でつまむサイズのガラスの器に入ったぶとうジュースをひとり1セットずつ手に取り、牧師さんのお話と合図で食べて飲む。私たちのために犠牲になったキリストの身体(パン)と血(ぶどう酒・ジュース)をいただくことで、キリストへの感謝と懺悔の気持ちをあらたにする儀式。
子どものうちはこれには参加しない。
ただ立ってみているだけ。
洗礼を受けると、これに参加できる。
僕も洗礼を受けた後にはこの儀式に参加して、味がないパンひと切れとブドウジュースとを飲んだ。今でもブドウジュースを飲むと聖餐式を思い出す。
これは宗派や教会によって違うらしく、子どもの頃の洗礼=幼児洗礼は信仰告白じゃないから対象外、というところもあるらしい。
信仰告白というのは、仏教で言えば「帰依します」ということで、「私はキリストの信者であり、キリスト教徒として生きていきます」と、自分自身とおおやけの内外に公表すること。そしてその証として洗礼を受ける。
ちゃんと自分の確固たる意思で「キリスト教徒になる!」と決めたかどうか。
僕たちきょうだいも幼児洗礼を受けたけど、あれが何歳の時だったのか覚えていない。僕は10歳くらいかな。たしか兄弟4人は一緒に受けたはず。妹はどうだったろう…。
少なくても僕は、自分の意思で信仰告白はしていないんじゃなかろうか。4歳、3歳、1歳年上の兄たちはどうだったのだろう。
僕は言われるがままにぼーっと流されていただけ。今と変わらないな…


続く…

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