右目か左目か

ASD(自閉症)の特徴のひとつに「相手の目を見ることができない」というものがあるらしい。
これは従来まで「他者への無関心」だと思われていたけど、近年では、ASDの人は目を合わせることで脳の特定部位が過剰に反応し、不快感やストレスを強く感じてしまう、ということが証明されているらしい。
僕は医師の診断を受けていないけど、最も強くASD特性が現れているのがこの「目を合わせることができない」だと思う。
僕には「他者への無関心」という特性もあるけど、目を見ることができないのは無関心とは関係がない。関心があっても、もっといえば関心があるほど、目を見ることができない。どうでもいい人の方が目を見ることができると思う。

今でも人の目を見れないし、過去にも見れた記憶がない。
誰か友だちと1日一緒にいても、解散した後に何度か思ったことがある「あれ、今日一度でもあいつの目を見たっけ?」って。
そして自己嫌悪に陥る。

「目を合わせる」というのは、とてもストレスフルで、かつ特別な行動だと思う。
僕が初めて意識して他者と目を合わせたのは、たぶん犬だ。小学生の時から飼っていた愛犬。
真っ直ぐ僕を見つめてくる彼を、真っ直ぐ見つめ返す僕。
そして、思った。
「どっちの目を見ればいいの?」
右目を見ればいいのか、左目を見ればいいのか、それがまったくわからない。両方の目を見ようとしたら、不可能だった。焦点箇所は1箇所だけ。目が合っていないときなら、漠然と両方を見ることができるけど、目が合うと、どちらかに焦点を合わせなければならない。
右目で左目を見て、左目で右目を見ようとしても、できない。
皆さんどうされているのだろうか。
「目を見て話しなさい」とはよく言うけど、「右目を見て」とか教えてくれない。
目って、どっち?
僕は40年間、どっちの目を見ればいいのだろう、と悩んでいる。

犬や猫。彼らは真っ直ぐに僕を見つめてくる。
愛犬と目を合わせてから現在まで40年間、犬や猫とはなんのストレスもなく目を合わせることができる。むしろ癒やされる。動物と目を合わせるのは敵対行為や挑発ともいうけれど、親しい相手なら動物もそんな意味にはならず、愛情と信頼のサインとなる。時と場合にはよるけれど。
構って欲しいとき。
お腹が空いたとき。
不満があるとき。
うしろめたいことがあるとき。
警戒しているとき。
彼らもいろいろな意味で目を合わせてくる。
人間も同じだ。
同じなのに、人間は無理。

世界的に有名な学術誌『Nature』傘下のオンライン学術誌『Scientific Reports』に2017年に掲載された論文によると、ASDの人が目を合わせないのは「関心がないから」ではなく、「目を見ることで脳が過剰に刺激され、耐えがたいストレス(過敏状態)になるのを防ぐため」であって、目をそらす行為は、脳のパニックを避けるための「無意識の防御反応」だとか。
普通の人にとっては重要なコミュニケーションのひとつとなり、むしろ心地よい刺激ですらある「目を合わせる」ということが、ASDの人にとっては刺激が強すぎてしまう。
目は心の窓と言うように、目を合わせるということには、とっても情報がいっぱい詰まっている。そのときの感情、好意、親しみ、信頼、熱意、関心、あるいは敵意、威圧。僕はその多すぎる情報に圧倒されて、脳が「無理ぃー」ってなるのかもしれない。

目を合わせることは、言葉以外のコミュニケーションとしてとても重要らしい。
あなたの話に関心があります、重要だと思っていますという意思を伝える。
会話の節目節目で目を合わせて、言葉のキャッチボールをスムーズにする。
円滑な人間関係や信頼関係の構築に欠かせない。
誠実さをアピールする。
営業マンにとっても必須のテクニックだとか。
つまり目を合わせない僕は、あなたの話には関心がないし、重要だとも思っていないとアピールしていて、会話のキャッチボールもできないし、円滑な人間関係も作れない。となってしまう。
「目を合わせることができない」これだけでもだいぶ重度のコミュ障だ。
僕は絶対に営業マンになれないね。

2016年のロンドン大学の研究によると、目を合わせて心地よいと感じる理想的な長さは、人によって差はあるけれど、おおむね3.3秒だとか。
好意を伝えるのは6〜8秒で、9秒以上を好む人はいないと。
どちらにしても、長くない?
イギリスの研究だから東アジア人よりも目を見る時間が長い気がするけど、それでも長い。
9秒なんてもうコメディだよね。「にらめっこしましょう」の世界。
6秒だって、なにか一世一代の告白があるのか、ケンカ売ってるのか、どっちかじゃないか。
普通の会話の中で、3秒人と目を合わせたことなんてあるだろうか。いや、ない。
妻との会話でも、たまに目が合うことはあるけど、おそらく1秒もない。0.5秒くらいだろうか。僕がすぐに目をそらすから。
丸1日の合計で、多い日でも2秒くらいじゃなかろうか。

きっと、心の窓から漏れ出る光がまぶしすぎて、僕にとっては輝きが強すぎるのがいけないのだ。
そうか、サングラスをすればいいのか。
でもそれで目を合わせられるようになったら、どっちの目を見ればいいのだろう。


追記:妻によると、鼻を見ればいいらしい!…いやそれも難しそうだな…。

参考文献

「Look me in the eyes: constraining gaze in the eye-region provokes abnormally high subcortical activation in autism」Scientific Reports volume 7, Article number: 3163 (2017)
https://www.nature.com/articles/s41598-017-03378-5

「Pupil dilation as an index of preferred mutual gaze duration」The Royal Society (2016) 3 (7)
https://royalsocietypublishing.org/rsos/article/3/7/160086/36631/Pupil-dilation-as-an-index-of-preferred-mutual

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