ともだち

僕は小学生の時からコミュ障だった。
小学校には6年間も通っていたはずなのに、友だちと遊んだ記憶はほとんどない。

でもひとりだけ、ぺんぺんというあだ名の親友がいた。
と言っても、学校の友だちというよりは、近所の友だち。
たまたま家が近くて、同じ年齢で、5年生から同じクラスだっただけ。
ぺんぺんにも兄弟がたくさんいた。
うちが8人兄弟姉妹で、ぺんぺんはたしか9人。
でもぺんぺんの他の兄弟のことは、まったく覚えていない。たまにぺんぺんが妹といたことくらいかな。
うちも貧乏だったけど、ぺんぺんも貧乏だった。でもお父さんがいたからうちよりはマシだったのかも。
おうちも近くて、歩いてすぐの平屋。
その平屋でビール瓶を持って飲んだくれているお父さんと、子どもたちがわらわらと。家の1面が全部掃き出し窓で、全部開けて部屋と縁側でダラダラとしてる夏の日。そんな情景が思い起こされるけど、おうちに入ったことはなかった。
そこで毛の長い雑種の犬を2頭飼っていて、あるとき1頭がうちに遊びに来た。
遊びに来たというか、逃げてきたというか。
この子はうちで飼うことになって、誰かがロッキーと名付け、僕の1番の親友になった。
見るからに日本犬とテリア犬の雑種で、薄茶色くて毛が長い中型犬の男の子。
もう一頭は引き取れなかったのか、うちの子にはならなかった。

僕が住んでいた集落は、家の前の道路は舗装もされていない砂利道で、表通りに3本爪のフォークを刺したみたいな行き止まりの集落。ぺんぺんの家はこの集落じゃなくて、フォークの根元のあたりにあった。うちがフォークの1本目の真ん中くらいで、フォークの3本目の奥にもうひとりの友だちが住んでいた。友だちというか、近所の子というか、たしか5歳くらい年下の純ちゃんという男の子。なぜか慕ってくれて、よく遊んでいた。

僕の小学校時代の交友関係は、ロッキーと、兄弟姉妹と、ぺんぺんと、純ちゃん。
学校のクラスメイトとも何回かくらい遊んだような気がするけど、あまり覚えていない。
ロッキーとは毎日お散歩して、いつも一緒にいた。まだ外飼いが当たり前の時代で、ロッキーも外飼いだったけど、雨の日や寒い日や暑い日は、玄関の中に入れていた。玄関で一緒にいられるのが嬉しかった。
ぺんぺんと遊んだのは、5年と6年のときの学校の昼休みや放課後くらい。たまに家にも来て遊んで、うちの兄弟もみんな知っていた。でも家ではちょっとファミコンやったくらいかな。学校では鉄棒が流行っていて、ジャンプしないと届かないくらいの大きな鉄棒。ぺんぺんは口数は少ないけど明るくて運動神経が高い。鉄棒もぐるぐる回ったり、鉄棒の上に立ってそのままグルンと後ろに回ってから遠くに飛ぶグライダー、あと「ねこだち」「スーパーねこだち」という技名のなんだか覚えていない名前だけ覚えている技。たぶん技名もローカルだから当時の彼らに聞かないとわからない。そんな技をビュンビュンやっていた。僕も頑張ってやったりしたけど彼のように上手くはできなかった。
一時期流行った竹馬、一輪車、ホッピング、ローラースケートとか、ぺんぺんは何をやらせても上手にできた。
あるとき、僕はぺんぺんと仲違いをしてしまった。仲違いというか、僕が心を閉ざしてしまった。僕の1歳年上の三兄とぺんぺんと3人でお部屋の中で遊んでいて、ちょっと悪ふざけがエスカレートしてしまい、たしか2人で僕のズボンを脱がせたんだ。たしか。あまり覚えていないけれど。それで僕は心を閉ざしてしまった。次の日会っても、無視をしてしまった。その次の日も、そのまた次の日も。チェってつまらなそうな顔をして歩いて行くぺんぺんの横顔だけを覚えている。そしてそのまま僕は引っ越し、二度と会うことがなかった。
たったそれだけのことで。僕が子ども時代に戻れたらやり直したいこと筆頭のひとつとなった。

もうひとりいた僕の子ども時代の友だちは、集落の路地のフォークの3本目の奥に住んでいた純ちゃん。幼児の弟とふたり兄弟で、お父さんのことはあまり覚えていないけど、優しいお母さんと4人暮らし。いつも家の中で遊んでいた。
おもちゃをたくさん持っていて、「トランスフォーマー」の超合金、「ドラゴンボール」や「聖闘士星矢」の人形。アニメと同じように鎧を着けたり外したりできるやつ。そういうのでよく遊んでいた。あとはファミコンもよくやった。あまり外で遊んだ記憶はない。いつもおもちゃをいっぱい持っていて、漠然とお金持ちなのかなと思っていた。今思えば、あの集落に住んでいる時点でお金持ちのわけがないのに。
純ちゃんは年齢の割には身体は大きいほうだったけど、おとなしい子で、よくうちにも遊びに来たし、僕も純ちゃんの家によく遊びにいった。たまに弟君も一緒に来たり。
純ちゃんのお母さんもおとなしめで優しい感じのひと。お菓子を作るのが好きだったのか、よく手作りのお菓子を出してくれた。特に覚えているのが「にんじんクッキー」。クッキーなのにニンジン?と僕は困惑したけれど、小学生が思う「にんじん」というイメージとは裏腹に、とても美味しかった。
その付近では当時、新聞の契約をすると「西武園ゆうえんち」のチケットを貰えるのが定番で、幼稚園とかでも西武園ゆうえんちのチケットが配られたりしていて、頂き物のチケットで遊びに行くことがたまにあった。
僕も純ちゃんたちと一緒に「西武園ゆうえんち」で遊んだ記憶がある。僕は何度も「ループスクリューコースター」に乗ったけど、純ちゃんは乗らなかった。メリーゴーランドや観覧車などのおとなしめの遊具だけ。
数年間年の少し離れたご近所友だち期間をのんびりと過ごした後、僕は引っ越すことになった。まるで夜逃げのように、あっという間にその集落から僕が消えた。それきり、彼と会うことはなかった。
1年くらいして、母だったか、妹だったか、誰かから、純ちゃんが寝るときにトランプを抱きしめて寝ているらしい、と聞いた。僕が純ちゃんの家に忘れていったトランプだった。僕は気恥ずかしくて、軽く流してしまった。
どうして僕は、もう一度彼に会いに行かなかったのだろう。
純ちゃんは白血病で、病と闘う心細さの中で、僕とのつながりを求めていたのかもしれないのに。もしかしたら僕が会いに行くだけでも、少しでも勇気づけることができたかもしれないのに。それが、純ちゃんとの思い出や、純ちゃんのお母さんがくれたにんじんクッキーの美味しさへの、お礼になったかもしれないのに。
きっとあの大量のおもちゃや、手作りのお菓子は、決して裕福ではない両親からの、せめてもの気持ちだったのだろう。
僕はその気持ちに気づかず、いきなり消えてしまって、彼の心に傷を残したことだろう。
素直になれなかった僕は、大事な大事な友だちを傷つけ、そのままにして逃げていった。
僕の素直になれない癖は、その後何十年も続くことになる。

あれから35年。子ども時代に戻れたら…。
ぺんぺん、純ちゃん、君たちは、自分の人生を生きましたか。
君は、今を生きていますか。
僕はこの前、にんじんクッキーを作りました。
でもその味が、あの味と一緒なのかは、わからなかった。

コメント