法との出会い

僕が法に興味を持ったのは、20代半ばを過ぎた頃のとあるバイトがきっかけだった。
そのバイトはかなりグレーな仕事内容で、バイトを始めてからすぐそのことに気づくも、フリーターだった僕はお金もなく、自分が直接グレーなことをするのではない、という言い訳を自分にしながら、ずるずると続けてしまった。
もうすぐ辞められるという目処がついたころ、僕は部長に呼び出され、クビを宣告された。
自分から辞めたり面接で落ちたりしたことは、その後も含めれば数え切れないほどあるけれど、クビになったのは今のところこれが人生で唯一だ。
グレーさが嫌になり勤務態度も悪かったり、業務内容に「これはやり過ぎ」みたいに口を出すようになっていたのも、上から疎まれる原因だっただろう。何より直属の上司に嫌われていた。
おとなしく辞めるつもりでいたのに、タッチの差でクビを宣告された僕は、腹が立った。何にかわからないけど何かに腹が立った。そして、反撃することにした。合法的に。

法、とくに労働関係の法を調べまくった僕は、反撃できるところをいくつかみつけた。
・バイトであっても解雇には正当な理由が必要
・解雇が正当であっても解雇予告または解雇予告手当(30日分の賃金相当)の支払義務がある
・深夜手当が支払われていない
・残業手当が支払われていない
・有給休暇がない
このうち、仕事は辞めたかったので解雇については争わないことにした。
解雇は即日ではなく月末だったので、解雇予告は2週間分くらい満たされていることになる。ので、残りを存在しないと思われていた有給で埋めることにした。僕はこの会社で初めて有給休暇を取った人間になった。

そして未払いとなるお手当分の現金を請求。
このバイトは深夜バイトで、夜8時から朝8時の12時間だった。昼勤務の人も12時間という、24時間を2交代で対応するという凄いシフト。
たしか時給は1,300円。深夜手当も残業手当も言及がないため、基本時給が1,300円となる。
労働法では、22時から翌5時は深夜割り増しで25%時給に上乗せされる。1日8時間を過ぎた残業も25%割り増しとなる。
つまり労働法どおりにすると、

  • 20時から22時は1,300円×2時間
  • 22時から5時は25%の325円がプラスで1,625円×6時間(休憩1時間あり)
  • 途中休憩1時間なので、5時で定時。そこから残業となり、5時から8時も25%の325円がプラスで1,625円×3時間
合計1勤務で17,225円となる。
実際に支払われていたのは、1,300円×11時間で14,300円。
差額の2,925円が1勤務ごとに未払いとなっていた計算だ。
月20日勤務として8ヶ月で辞めたから、2,925×20×8=468,000円が未払いという計算になる。
たしか実際には50万くらいだった。

これらを書面にして部長に提出。
部長はあまりそっち方面に明るくない人だったのもあってか、「あいつが何を言っているのかさっぱりわからない」とぼやいていたそうだ。
書類は部長を素通りしてそのまま社長へ。
後日面談をすることになり、その当日。
当時僕はドレッドヘアで、エスニックな格好をしていた。
その格好のまま、この会社にこんな部屋あったのか、と知らなかった応接室に入室。
そこには、社長・部長・知らないおじさんの3人が座っていた。
スーツの3人と向き合って座る民族衣装の僕。
知らないおじさんから名刺をもらうと、この会社の顧問弁護士さんだったようだ。
そして弁護士さんが口火を切る。
「何かご不満な点があるようで、お話聞かせてもらえますか?」
と言うので
「書面で渡してありますよね?」
「あ、書類ですね、こちら…」
「全部書いてありますけど、読んでないんですか?」
「読みましたが…」
と、どうやら言いくるめて丸め込もうとしていたらしい弁護士さんとやり取りをする。
「どこか間違えているところがあればどうぞ指摘してください。不当な要求は一切ありませんが。」
法的にはなにも間違った要求はしていないので、むしろ弁護士さんはこちらの味方では?と僕が思ったところで、社長が入ってきた。
「いいですいいです」
と社長が弁護士さんを退席させた。
「いや君面白いことするねぇ」
と笑顔の社長。
「クビってならなきゃ何も言わずに辞めるつもりだったんですけどね。50万って皆さんにとってははした金でしょうけど、僕にとっては大きいんですよ」
と雑談のように話をした。
社長は終始笑顔で、はした金の部分でも本当にそうなんだろうな、という感じだった。
どうやら社長は50万よりも、何か変なこと言ってきた変なやつがいる、という興味の方が強かったらしく、請求額はすぐに支払われることに。ただ費目を指定させて欲しいと言われて了承したけど、なんだったかは忘れてしまった。

僕が辞めてから、バイト仲間が2名ほど後に続いた。
「どうやったんですかー」と聞いてきた2人に何をやったかを教え、1人は請求額も大したことがななく、会社側も請求全額ではなく10万円なら、ということで素直に10万円受け取ったらしい。
「10万でも嬉しいですよー」と彼は歌舞伎町の鰻専門店で鰻づくしを奢ってくれた。
もう1人は納得いかず争う姿勢、社長ももう飽きたのか弁護士に丸投げ。この前とは違う人。
結局裁判になり、僕もアドバイザーとして東京地裁まで何度か付き合った。もちろん弁護士ではないので事前にアドバイスして、法廷では傍聴席でみるだけ。
しかもズルいというかセコいというか、1回目は相手の弁護士が「受けたばかりでまだ資料も読めてません」裁判官「じゃあ次回は〇日後の…」と数分で終わり。平日に仕事を休んで法廷に出向いて何も進まず終わる。それを何回も繰り返す。会社側はバイト全員に損害賠償請求なんてされたら、消滅時効は2年だから総額では1億超える。きっと嫌がらせ戦略に切り替えたのだろう。
「弁護士」という仕事が出来るかっこいいイメージは崩れ去り、情けない、大したことない、という印象だけが残った。
そんな感じで、僕の初めての法との出会いが終わった。

この経験で僕が強く感じたことは
「法は弱者の味方じゃない。知っていて使いこなす人の味方だ」
ということ。
僕が子どもの頃、苦労する母にもし法という味方がいたら、もう少しは楽ができたんじゃないか。母子家庭やシングルマザーで苦しんでいる人、ブラック企業で疲弊している人。
黙っていたら法はまったく味方をしてくれない。出てくるとしたら、最終的にもういろいろと決まってしまった後だけだ。
知らないと、使いこなさないと、法は味方をしてくれない。
初めての法の勉強はとても面白かったとともに、現実をまざまざと見せつけられた気がした。
法はこの社会を生きるためのルールである以上に、武器であった。

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