日本美術の沼へ 後編

お寺に行き始めると、最初に興味があったのはやはりお庭と建築。

まずは京都で禅のお寺を見て回った。
「大徳寺」「東福寺」「建仁寺」「妙心寺」「南禅寺」「天龍寺」「相国寺」。
相国寺の飛び地の「金閣寺」「銀閣寺」。
これ全部が禅でおなじみの臨済宗のお寺で、枯山水のお庭がある。
そして「苔寺(西芳寺)」。ここは事前予約のみで、お庭だけをみることはできず写経も必須。はじめての写経体験。続いて苔寺という通称の通りの苔だらけの庭を歩く。
このお庭が作られた室町時代には、苔はなく白い砂で作った枯山水庭園だったそうで、時代と共に苔むし現在の姿になったとか。
お庭も建築も、今見ることができる姿が作られた当時の姿とは限らない。特に庭は自然物を使っている。木を植えてある庭が、500年前とおなじ見た目なわけがないし、龍安寺石庭の石も何年か前に洗ったら汚れが取れて色つきの石だったことがわかった、みたいなのもある。
「禅の庭」とは言っても、日本で禅をはじめた鎌倉時代の僧侶たちはこんな庭は知らない。禅の開祖ダルマさんも枯山水なんて知らない。
目の前にあるもので、数百年、千年といった歴史を感じること、心に深く感じ入る体験が好きだった。

お庭巡りをしていると、露地(茶室のお庭)やお茶室も目に入る。そして茶道具、特に茶碗に興味を惹かれた。
ただの茶碗。
それがなんだか、美しい。
織田信長と千利休の企みにより、茶碗ひとつが国ひとつと同等の価値があるとされたからだろうか。
ただの丸いお椀、真っ黒な装飾もなにもない小さな土くれ。
あるいは均整の取れた形でキラキラ綺麗に輝いてる茶碗。
いろいろなものがあって、興味深かった。

神社にもお庭にもお寺にも、建築物がある。
神社の本殿、お茶室、お寺の本堂や山門や五重塔、いろいろな建築もまた興味深かった。
京都では、「東寺五重塔」「八坂の塔」「醍醐寺五重塔」などの塔を見た。
東寺は新幹線から見えたあれ。日本で一番大きな五重塔(歴史的建築物の中で)。
八坂の塔は祇園とか東山界隈でよく写真になってる小さめの五重塔で、中にも入れる。
醍醐寺五重塔は京都では大変珍しい1,000年以上前の建築。平安時代の五重塔らしい逓減率(ていげんりつ。下の層とくらべて上の層がどれくらい小さくなっているか)で、とても美しいプロポーション。五重塔は時代が古いほど逓減率が大きく(シルエットが逆三角形)、新しくなるほど小さく(シルエットが長方形)なる。
陶芸や茶道具では茶碗が一番いいように、建築では五重塔が一番いい。
でも塔以外もいいものはいっぱいある。
「清水寺本堂」は「照り起り(てりむくり)屋根」が美しい。屋根の下の方が反っていて(照り)、上の方が膨らんでいる(起り)屋根のことで、この形と桧皮葺が相まってとても美しい建築に仕上がっている。
でも建築といえば奈良だ。京都は首都だったこともあり、応仁の乱をはじめとした戦乱でほとんどの建築が燃えてしまっている。だから古くても江戸時代という、古建築の世界ではかなり新しいものが大部分。それに比べて奈良が首都だったのは100年にも満たないし、京が首都になってからは田舎になってしまった。そのおかげで戦乱も少なく、多くの建築が被災せずに残っている。
特に貴重なのは世界遺産にもなっている「法隆寺」。七世紀に建てられた姿をほぼそのまま残す貴重なお寺さんで、五重塔も金堂もほぼ当時のまま。
1,400年前の人々と同じ物を見ていると思うと感慨深い。
ほかにも再建とはいえ美しい両塔形式を見ることができる「薬師寺」や、学校で習った鑑真の「唐招提寺」、現存する唯一の両塔形式をもつ「当麻寺」、世界一美しい建築だと僕が思っている五重塔が建つ「室生寺」などなど、数多くの名建築をみることができる。
でも神社本殿は、出雲などの山陰地方が一番いい。とても古い形式のままの神社本殿がいくつもあり、関東で育ち、複雑な八幡造や銅板葺の屋根が当たり前だと思っていた僕は、新鮮な気持ちでみることができた。

奈良で寺巡りをしていると、必然的に仏像にも多く遭遇する。
それも白鳳時代や天平時代(美術史の区分で、一般的な区分では飛鳥時代から奈良時代)に作られたような一級品の仏像ばかり。
東大寺法華堂で不空羂索観音に出会い、僕は仏像の沼にもひきこまれていった。
東大寺の南大門には、とても有名な仏師・運慶によるとても有名な仏像・金剛力士立像(仁王像)がいる。無料で誰でも見ることができる。とても写実的で、下から見上げて見られることまで計算された造形。鎌倉彫刻の最高傑作ともされているけど、僕にはあまり響かなかった。
鎌倉時代の仏像は武士好み、平安時代の仏像は貴族好み、といっても浄土信仰、特に貴族が極楽浄土に往生したいという夢を形にした。その前の天平時代や白鳳時代は、大仏のような国家プロジェクトとしての仏像造りもあったけど、亡くなった家族の供養とか、疫病への対策とか、そういう願いで作られた。
天平時代の仏像の特徴は乾漆(だっかつかんしつ)という、麻布と漆で塗り固めた仏像。
漆はとっても高価で、この仏像はコストが高すぎるのですぐに廃れたけど、表現力はとてもすごい。
興福寺の阿修羅像や、法華堂の不空羂索観音がこれの代表作。
阿修羅像は、亡き母を思う悲しみや追悼の祈りが込められているとされ、
不空羂索観音は、疫病に苦しむ民を救済したいという願いが込められているという。
どちらもそんな背景を知らなくても、見ただけでその想いが伝わってくるような完璧な表現で造られ、1,300年の間そのままで在り続けている。
こんな具合に仏像沼にもはまった僕は、「秘仏」や「特別公開」と聞けば飛んで行き、京都や奈良に行けないときは東京国立博物館に通った。

東京の博物館や美術館で触れたのが、日本絵画や日本美術。
江戸時代以前の絵画は仏画ばかり。
曼荼羅はその魔方陣のような独特なデザインと、悟りや宇宙の真理を1枚であらわすという厨二病的なコンセプトが厨二の心を刺激しまくったけど、ほかの仏画は二次元の仏像といった感じで、三次元の仏像ほどのインパクトはなかった。
鳥獣人物戯画のような絵巻物はストーリーがあって面白い。
でも日本絵画は江戸時代からが面白い。
建築は鎌倉まで。
仏像も鎌倉まで。
お庭や茶碗はどの時代も興味深い。
絵画は江戸時代から。
僕が特に好きな絵画は円山応挙の『雪松図屏風』。

描かれるモチーフは、常緑樹で長寿や吉祥を象徴するお祝の意味を持つ松に、新しさの象徴である雪。そして金泥で表現される大気の神々しさが加わり、清々しい冬の朝の情景が広がる。
綴プロジェクト https://global.canon/ja/tsuzuri/works/yukimatsuzu/

こんな感じで説明されることが多いけど、僕には違うようにみえる。
余白の美というか、余白の静と松の動。右隻の松は動きが強く荒々しい将軍や王様のような。左隻の松はそれに従う人。あるいは右隻が老人、左隻が若者。なんというか、時間と空間を描いたような。はじめて見たときには、「筆で時間が描かれている」と思った。なぜなのかは上手く言えないけれど。

美術館にも通うようになった僕は、西洋絵画も好きになった。特にロマン主義。絵画の中に、人間の魂というか、強い想いのようなものが込められた作品に惹かれる。
でも現代アートみたいなわけがわかないものは今でもわけがわからないし、日本美術の中でも「書」だけは一度も魂が震えたことがない。なにがいいのかわからない。日本美術を見始めて四半世紀たつけど、まだまだ未熟なんだろう。
思えば、僕が惹かれるものは、そこに人の強い想いがあるような気がする。
それも元気でまぶしいような想いではなく、少し陰があるような、願いがあるような想い。
仏像も荒々しいものよりも、物憂げなもの。
建築は1,000年建ち続けろという願い。
茶碗は……違うか。あれは「これが侘び寂びだ!」「俺の技術すげーだろ!」というアートだな。
ちなみに一番好きなピカソの作品はピカソ最後の絵とされる『若い画家』一筆で秒で書いたような水墨のような絵。
僕にもいつか「墨の線による時間と空間の芸術」と言われる書の良さがわかる日が来るのだろうか。

僕は神社やお寺には数え切れないくらいお参りしたけど、信仰心はまったくない。けれど参拝作法はちゃんとやる。なんだか、儀式的で、儀礼的で、ネクタイをキュっとしめるような。帯をキツくしめるような。そんな感じがして、正しい参拝作法をすることで非日常を味わえて好きなのだ。

こうして、『国宝』という本を片手に日本中を旅したり、京都や奈良にしつこく通ったり、美術館や博物館に通いつめるおじさんが出来上がったのだった。

苔寺


清水寺本堂


法隆寺金堂と五重塔

室生寺 五重塔


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