Nothing to doにあこがれて
「ぼくがいちばんしてたいのは、なにもしないでいることさ。」※1
“What I like doing best is Nothing.”
クリストファー・ロビンがクマのプーさんに話しかけると、プーさんは聞いた。
「なにもしないって、どんなことをするんです?」※2
“How do you do Nothing?”
クリストファー・ロビンは、こう答える。
「ただブラブラ歩きながらね、きこえないことをきいたり、なにも気にかけないでいることさ。」※3
“It means just going along, listening to all the things you can’t hear, and not bothering.”
なにも気にかけないでいる!
理想である。
憧れである。
僕は常に頭の中が忙しい。
常に何か考えている。
そのほとんどは、どうでもいいことだ。
さらに問題なのが、タスク思考だ。
常に「やるべき事」をリストアップし、「タスクの処理」としてリストを消していく。ひとつ消えるとその分ちょっとだけすっきりする。
1日のやることもタスクだ。
朝起きて、猫たちにご飯をあげて、猫たちのおトイレを綺麗にして、途中途中で遊べと強要してくる猫と遊び、犬のおトイレを掃除し、犬たちのご飯をあげて、自分のご飯を食べて、妻を起こす。ひとつひとつタスクを潰していく。
長期的なタスクリストは常にいっぱいだ。
ひとつやっつけると、ふたつ増える。
楽しみなことでも、タスクであることに変わりはない。
やるべきことも、やりたいことも、やることはすべて「タスク」として認識される。
「デートはタスクにしないで」と懇願される。
そりゃ、まあ、そうだ。気持ちはわかります。
タスクとして認識してしまうと、「やらなきゃ」と義務になってしまう。
常に頭の片隅に、「次にやること」がチラついている。
頭を空っぽにするにはどうすればいいのだろう。
永平寺式の坐禅も、ヴィパッサナー瞑想も試したことがある。
とても上手くいくときもあるけれど、多くは雑念が常に頭にある。
寝る前もいろいろ考えている。
でも寝ている時だけは、夢も見ずに空っぽでいられる。
Do Nothing!
なんと甘美な響きだろう。
何もしないをする。
だけれど、それがとても難しい。
「ぼく、もうなにもしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ。」※4
“I'm not going to do Nothing anymore.”
クリストファー・ロビンも、大好きなNothingが出来なくなってしまった。
学校に行くことになってしまったから。
僕もやることがいっぱいある。
でも、秒単位、分単位で詰まっているわけではない。
むしろ妻のおかげで、同年代の人たちよりははるかに自由時間が多い。
それでも難しい。
映画『プーと大人になった僕』にある次のセリフが、よく名言として紹介されている。
「"何もしないをする"ことが、素敵な"何か"につながることがよくあるんだ」※5
"Doing nothing often leads to the very best kind of something."
これは、大人になったクリストファー・ロビンが「何もしないわけにはいかないんだ」と言ったときの、プーさんの返事らしい。
でも、これって名言か?
少なくても、プーさんはこんなこと言わないと思うんだよね。
"何もしないをする"のは、ただ何もしないをしたいから、"何もしないをする"だけだ。
結果としてそれが、「最高の何か」や、「素敵な何か」につながったとしても、そんなことはどうでもいいことだし、「じゃあそのために何もしないをするか」ってならないと思う。
だって目的が「素敵な何か」なら、"何もしないをする"なんて最も遠回りだし、そんな目的があったら頭の中空っぽになんてできない。
ただ、きこえないことをきいたり、なにも気にかけないでいるのが好きなだけなんだ。
大人になったクリストファー・ロビンだって、そんな目的のある"何もしないをする"には惹かれないと思うんだ。
少なくても僕は、そんな「Doing Nothing」はいらない。
ただでさえ、Nothingが苦手なんだから。
「コブタは、金曜日までなにもすることがないんだ、と言いました。」※6
「Piglet said that anyhow he had nothing to do until Friday」
僕にはこっちのほうがいいのかもしれない。
「Nothing to do」
"何もしないをする" のではなくて ”何もすることがない”。
もしずーっと“Nothing to do”だったら、頭の中空っぽになるだろうか。
いや、空っぽになりすぎて、いろいろ極端な僕はボケてしまいそうだ。
それに、何もすることがないってことは、誰もいないって事だ。それは、老後の最期まで取っておこう。
「Nothing to do」と「Doing Nothing」の、中間ぐらいがいいのかな。
せっかくタスク思考なんだから、「Doing Nothing」をやる時間をタスクに入れてしまおうか。
※の引用箇所は以下の通り
A.A.ミルン作、石井桃子訳『クマのプーさん プーさん横丁にたった家』岩波書店、1962
※1 P.383(「プーさん横丁にたった家 第10章」)
※2 P.384(「プーさん横丁にたった家 第10章」)
※3 P.385(「プーさん横丁にたった家 第10章」)
※4 P.389(「プーさん横丁にたった家 第10章」)
※6 P.48(「クマのプーさん 第3章」)
英語版はパブリックドメインとなっているため原典の表示のみ。
A.A.Milne: Winnie-the-pooh, 1926; The House at Pooh Corner, 1928
※5 マーク・フォースター監督『プーと大人になった僕』 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ、2018
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