ラーメン屋で働く ーラーメン屋体験 3/4ー

僕が働いていたラーメン屋は、炒め物やあんかけなどの手間が掛かるメニューが多かったから、1人はそのメニューを作ることで手が埋まってしまう。

だから、忙しい時間帯には最低でも3人いないとお店がまわらない。

調理する人。
らーめん茹でたり作る人。
ホールがメインでらーめん作ったりの補助をする人。

さらに出前まで始めてしまって、そうなると出前に行く人も必要で最低4人必要になる。ウーバーなんてないから自分のところのスタッフがお客さんの所までバイクで料理を運ぶ。もちろん追加料金もなし。おそらく出前は利益がでない。暇な時間だけにできればよかったんだろうけど。

調理をする人は主に店長。そのうち僕も少しずつやらせてもらえるようになった。最初は自分のまかないとして自分で作る。そのうち他の人のまかないとして作る。そしてお客さんの料理を作るようになる。
チャーハンは火力が強いからそれほど難しくない。
面倒くさいのは酢豚。油でさっと揚げてから炒めて茹でて味付けしてと工程が多い。
難しいのは麻婆豆腐とかの、調味料でその場で調理するやつ。計量カップで量ったりしないで、ぜんぶ勘で調味料を入れる。勘とは言っても、基本的には分量が決まっていて、目分量でその量にする。慣れてくると意外と目分量というのも正確で、例えば調味料じゃないけどバラ肉150グラム、とか手で取るとわかるようになる。誤差数グラム程度で。でももちろん味の差はあっただろう。朝と夜、夏と冬とかでも味見をしても感覚が異なるだろうし。
僕が料理をするときは今でも再現不可能な料理をするのは、この時の経験か…。全部勘で調味料を入れるから。

大火力のガスで中華鍋で調理をするとたまに火がボーっと天井くらいまで上がる。わざとそれを出来るようにもなる。子どものお客さんがカウンターに座ってるときはわざと火を出したり。なかなか面白かった。
メニューが全部作れるようになると、店長が休んでいたり、休憩に入っていたりすると、僕が任せてもらえるようになった。調理がないただのラーメン屋だったら、たぶん長続きしなかっただろう。だって別にラーメン好きじゃないから。調理が楽しいから続いたんだと思う。

バイトを始めると最初はホールから。お客さんが来たらお水を出して、オーダーをメモして厨房に出して、料理が出来たら提供して、食べ終わったら片付ける。最期にお会計をして、使った卓を綺麗にする。当時は喫煙当たり前だったから、灰皿も片付けて綺麗なのに交換する。お客さんがいなくなって店が落ち着いたら、調味料の補充や紙ナプキンの補充。
らーめんを茹でる人は、醤油ラーメンとか簡単なラーメンは自分だけで作る。麺を茹でて、茹でている間に器に醤油だれを入れて、もうすぐ茹で上がりそうとなったらスープを入れてかき混ぜる。麺が茹で上がったらお湯を切って器に入れて、メンマやチャーシューをトッピングして出来あがり。あとはホールの手伝いと、調理の手伝いもする。丼もののご飯をよそったり、次の調理の準備、例えばバラ肉50gはかっておくとか、野菜炒めの野菜を準備しておくとか。このポジションの人の気が効くと、調理の人もやりやすくて料理の提供も早くなる。
忙しい時間はあっという間に過ぎていく。次から次へとやることが来てどんどんこなしていくと、気づいたら時間が過ぎている。
一方、とってもヒマなときは、時間が全然進まない。そんなときは、出前用の箸を内職したりする。印刷屋さんから届く箸袋に一本一本割り箸を入れていく単純作業。そんな内職もないときは、店員同士でだべったり、置いてある漫画を読んだり。

出前は大変。バイクはジャイロキャノピーっていう三輪車で屋根が付いてる原付スクーター。ピザ屋のバイクの後ろの部分を特注でおかもちが固定できるようにしてある。1台しかないから、1件ずつしか出前できない。同じ方面に数件あるときは、おかもちに入れば一度で行ける。出前用の器にラップを2重でかけて運ぶ。意外とこぼれないけど、たまにこぼれてやり直しになることもあった。
出前は届けたら終わりじゃなくて、使い捨てじゃないから器の回収もあってそれなりの手間。10時に店に来て、仕込む人とは別に器の回収に行く人も必要になった。出前の受付はもちろん電話。忙しくても電話に出る。出前に行く。出前用のスタッフが必要になる。経営的には出前は失敗だっただろう。バイト的には息抜きも出来ていいけど。
器の回収も、ほとんどの人は綺麗に洗ってドアの外に置いてくれるけど、なかにはそのまま外に出す人もいて、虫が入ったりもして汚いこともある。オートロックのマンションは器の回収をするのもインターホンを鳴らさないといけなくて面倒。団地は登ったり降りたり疲れちゃう。
出前を配達していって出てくるのが子どもや犬や猫だとほっこりする。玄関先でおかもちからご注文の品を出して現金を受け取り、ウエストポーチの釣り銭入れからお釣りを渡す。この経験は、コミュ障が社会に出るそれなりの訓練になったのかもしれない。所詮?ラーメン屋だから丁寧にできなくても問題ないし。
出前を取るお客さんはだいたいが普通のご家庭だけど、特殊な例としてはヤクザの事務所があった。事務所というか豪邸の一戸建てで、知らなければちょっと怖いお兄さんが住んでいるお金持ちの家としかわからない。そのとき交流があった不良グループのつながりで、そこが事務所だと知っていただけ。ある日出前にいくと、その不良グループのひとりが出てきた。内心「うわこいつ本職になったんだ。付き合いやめよ」と思っていたけど、後で聞いたところによると、「電話番」として、怖い先輩に無理矢理やらされるとか。
もうひとつ特殊な例としては、色気のあるお姉さんのお宅に出前。裸族なのか、あえてなのか、いつもかなり薄着で出てくるお姉さんがいた。それなりに美人さんで応対も笑顔でフレンドリーであざとい?感じ。出前の電話を奥さんが取って「〇〇ハイム203のカンノさんね。いつもありがとね」と聞こえ「カンノさん来たよ!誰行くの!」となると、出前メインで雇っていた後輩バイト君と店長が色めき立つ。「俺行きます!」と後輩と店長とで出前の取り合いになることもしばしば。後輩が出前から帰ってくると「絶対俺に惚れてます」と鼻の下を伸ばしていた。店長が行ったときも同じ。みんな勘違いをしてしまう。店長とはいえまだ20ちょい。男の子だけのサークルのノリだ。「あの人お子さんいますよ」と僕が言っても、そんなことはどうでもいいらしい。

出前を始めてある程度経つと、今度はお弁当も始めた。オーナーはとにかくいろいろと試行錯誤をしていたようだ。お弁当といってもお役所や企業さん相手で、前日までにご注文いただいて、日替わり弁当を作ってお昼までに持って行く。メニューは「日替わり中華弁当」のみ。通常メニューとは違う献立だし、多い日は結構大変。メニューを考えたりいつもと違う料理を作るのが、店長は楽しかったのかもしれいないけど。こちらはワンボックスの軽バンで配達と回収。
そのうち、新たな社員を雇って、その人がほぼこういった宅配系の専門になった。朝は役所からも個人宅からも回収してから出社。出前やお弁当は出来るだけこの人が行く。この新社員は40くらいのおじさんで、普通の会社員だったけどリストラされてこのお店に来たとか。とてもいい人で中学生の娘さんがいて、親子仲が良くて娘さんもよく食べに来ていた。あのときのあの人、今の僕より年下なのか…。
もう1人社員が入った。こちらはおじいさんと言ってもいい年齢でたしか60は過ぎていたはず。ちょっと特殊な人で、ずっと水商売で生きてきたとか。内縁の妻と愛人がいて、たまにお店に来て鉢合わせて修羅場に。仕事中に隠れて料理酒を飲んじゃうアル中さん。昭和の演歌やVシネに出てきそうな、典型的なダメ男というか、ある意味面白い人だった。けど、僕はなぜかとても嫌われていて、僕がいないところで「あいつはダメだ。辞めさせた方がいい」と店長やオーナーによく言っていたらしい。

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